「羽生丈二という男」神々の山嶺(いただき) トーリャさんの映画レビュー(感想・評価)
羽生丈二という男
登山家の間では8000mを超える高度をデスゾーンと呼んでいるそうです。気圧が地上の1/3しかないため常に酸欠の危機に晒され、ひとたび天気が崩れれば氷点下のブリザードが吹き荒れる。誰もが極限状態に晒されるため、多くの場合、他人を構い救う余裕などありません。
エベレストでは、今でも100人以上の亡骸がそのままに残されているそうです。
生命は生存を許されず、地上に帰ることすらままならない。
まさに神々の領域です。
夢枕獏の小説を原作とした谷口ジローの漫画を原作としたフランス製作のアニメーションというややこしい映画ですが、原作のエッセンスを抽出して90分でまとめあげた一本道の芯を感じるつくりでした。
しかし結構既読を前提としたつくりを感じましたね。初見の方の反応は気になるとこです。
原作を短く表すなら、まさに羽生丈二という男の生き様であり、山に取り憑かれた男の屈折した感情とその熱量が魅力のひとつであったと思うんです。今作では大胆にも、その熱の部分をバッサリと削ぎ落としたように感じました。
既読組は誰もが期待する「ありったけの心で思え、想え」や、「死んだらゴミだ」等、"美味しい"描写は容赦なくカット。
その代わりに山に挑む者達の姿をより現実的に(漫画や映画のキャラクターから脱却させて)描こうと試みてると感じました。リアルスティックに迫ろうとすれば、当然原作より冷めた印象を受けるかもしれませんが、私はこのまとめ方結構好きですよ。
このスタンスはマロリーの最後の写真の扱いにも大きく出ていたと思います。原作では登頂したマロリーが現像されるドラマチックな展開ですが、映画では結果は示されず、登山家達が様々なルート・方法で登るのをやめない以上、エベレストは未だ未踏頂であるともいえ、彼が過去に登頂していたか否かに大きな意味はないと締めくくります。
※マロリーって誰って方。かの有名な一節「because it's there(そこに山があるから)」の人です
余談ですが、フランスではなぜか谷口ジローが大人気らしいですね。ルーブル美術館とコラボしたり。フランスでは1人で飲食店にいると心配される文化圏だそうですが、潜在的には孤独を求めてたりするんですかね。