劇場公開日 2022年7月8日

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「理由はないんだな、これが。」神々の山嶺(いただき) bloodtrailさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5理由はないんだな、これが。

2022年8月22日
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鑑賞方法:映画館

そこに答えがあるじゃなし。決着がつくでもなし。壁にはりつけば命の保証は無い。それでも登ることに、理由はない。

フランスの芸術文化勲章「シュバリエ」を受章している谷口ジローさんの代表作の一つ。谷口ジローさんが大好きなフランス人により劇場アニメ化されたことには感慨を覚えます。

さてさて。ジョージ・ハバート・リー・マロリーの「そこに山があるから」と言う言葉は、日本では過度に哲学的な解釈で伝えられている事は有名。記者とのやり取りの実際は以下の通り。

"Why did you want to climb Mount Everest?"
"Because it's there."

記者の質問は、「エベレストを目指す理由」。マロリーの答えは、エベレストを指しています。未登頂のエベレストが、そこにあるから。「山」と言う一般化された概念は、そのやり取りの中には見出せません。

登山家は未登頂の山を目指す。登頂されれば無酸素、単独、より困難なルート。ハードルを上げて、命の危険の度合いを上げて、「初」を目指す。

金や名声のためではなく、ましてやスノッブでもなく。誰も見たことの無い世界、誰も経験していない事、誰も出来なかった事。登山家が、山を目指す理由はそこにある。いや、理由では無く、一度山を経験したものは、本能的に、それを求める様になる。

ちょっと調べてみたら、マロリーの遺体は1999年にコンラッド・アンカーによって発見されましたが、ヴェスト・ポケット・コダックは未だに見つかっていないとの事。初登頂を成しえたか否かは、状況証拠からの推測の域を脱しません。

孤高のクライマーである羽生にとって、それはどうでも良い事。彼にとってみれば、エベレストはすでに登頂されている山。初登頂が誰であるかは、彼の目的から見れば意味をなさない。南西壁単独無酸素の初登頂の証明の有無もまた、彼の目的から見れば意味をなさない。

夢枕獏さんが「全てを出し切った」と言う「神々の山嶺」。
世代でしょうか。なんか、やっぱり、この世界観はツボります。

良かった。
とっても。

bloodtrail