「標高8850m。そこは生と死が共存する神々の御許。いざ、狂気と慈悲に満ちた90分のクライミングへ!🗻」神々の山嶺(いただき) たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
標高8850m。そこは生と死が共存する神々の御許。いざ、狂気と慈悲に満ちた90分のクライミングへ!🗻
伝説の登山家ジョージ・マロリーが遺したというカメラをめぐり、山岳カメラマン・深町と登山家・羽生、2人の運命が交わり合う山岳ミステリー。
夢枕獏が1994〜1997年にかけて連載していた小説を原作に描かれた、谷口ジローによる漫画(2000〜2003)を、フランスがアニメ映画化。
ちなみに、2016年には岡田准一&阿部寛のW主演による実写映画化もされている。
夢枕獏の原作小説は未読、谷口ジローによる漫画版は既読。
実写版は未見であります。
谷口ジローって誰やねん?
そもそも何でフランス🇫🇷で映画化してんねん?
という疑問をお持ちの方のために、少々説明を。
我が故郷、鳥取県は地域振興の一環として「まんが王国とっとり」という活動を県主導で進めています。
「まんが王国」なんて大袈裟ね〜、なんて思われるかもしれませんが、確かに鳥取県は漫画というカルチャーが盛んだったりします。
漫画家や作品の名前を冠した博物館は全国に20ヶ所程度。
そんな中、人口最少県にも拘らず鳥取県には2つも漫画家の博物館が存在しているのであります。
それすなわち「水木しげる記念館」と「青山剛昌ふるさと館」。
『ゲゲゲの鬼太郎』の水木しげると、『名探偵コナン』の青山剛昌。
博物館が作られるのも納得の国内トップ・アーティストの2人。
当然「まんが王国とっとり」もこの方々を主軸に進められています。
県内には鬼太郎やコナンのラッピング電車が走っているので、ファンの方は是非一度お越しください😄
…が、実はもう一人、鳥取県がプッシュしている漫画家が存在しているのです。
それが本作の原作者、谷口ジロー先生!🎉
谷口ジロー先生といえば、よく知られているのはドラマ化もされている『孤独のグルメ』でしょうか。
他にも『遥かな町へ』や『「坊ちゃん」の時代』など、知る人ぞ知る数々の名作を遺した天才漫画家です。
谷口ジロー先生、実は国内での評価よりもむしろ国外、特にフランス語圏内での人気が高い。
2011年にはフランス政府から芸術文化勲章を授与されているし、カルティエやルイ・ヴィトンなど、フランスの有名ファッションブランドの広告イラストなども手掛けている。
「アングレーム国際漫画祭」というヨーロッパ最大の漫画祭でも幾度も受賞。
『神々の山嶺』も2005年に最優秀美術賞を受賞しています(ちなみに、アングレームで最優秀作品賞を受賞した日本人は水木しげる先生のみ。う〜ん、凄い👏)
また、代表作『遥かな町へ』は欧州合作で実写映画化している。
ことほど左様に、国内と国外の評価が完全に逆転しているのが谷口ジロー先生。
このようなフランスでの谷口ジロー人気をふまえれば、何故この漫画が日本ではなくフランスでアニメ映画化したのかがお分かりになるかと思います。
話が大きくズレてしまった💦
映画に話を戻しますが、とにかく本作は漫画のエピソードの取捨選択が上手いっ!
原作は全5巻。長い漫画ではないが、それでも1本の映画にするためにはかなりの分量を削らなければならない。
本作は原作にあった恋愛要素やマロリーのカメラをめぐるいざこざをほとんどカット。
その代わりに、羽生という男の狂気と執着を描くことに専念している。
これは非常に英断。
正直、原作でも恋愛要素邪魔だなぁと思っていたし😅
羽生と深町、2人の人間にのみフォーカスを当てることで、物語の全景が非常に明確なものとなっている。
複雑な人間の心理が描かれている作品であるが、物語がとてもシンプルなので無理なく飲み込むことが出来る。
わずか90分に原作漫画のエッセンスを凝縮し、それを無理のない形で観客に提示する。
このスマートさに痺れます!
舞台は90年代の日本。
海外映画で描かれる日本はスシ・ゲイシャ・フジヤマ的なトンデモないものが多いが、本作は非常にリアリティがある。
湿度の高いジメジメとした日本の空気感、閉塞した東京の街並み、雑然とした居酒屋の内装など、どこをとっても違和感なく受け入れられる。
所々長音符の向きがおかしかったりするけど、そこはご愛嬌ということで…。
下手な国内アニメより、何倍も真に迫った日本描写だったと思います。
谷口ジロー先生の漫画が原作ではあるが、絵柄は全く似ていない。
谷口先生特有の、むせ返るようなダンディズムとハードボイルド感は消え失せ、代わりにフランス語圏の漫画(バンド・デシネ)を思わせるシンプルで平面的、そしてビビッドなカラーリングの、オシャレさを感じさせるデザインとなっている。
こうなったひとつの理由として、やはり谷口先生の濃い絵柄はアニメーションには不向きだということが挙げられると思う。
出来る限りシンプルな絵柄の方が作画が楽だし、丁寧な動きを表現することが出来るのだろう。
またもうひとつの理由としては、単純に谷口先生の絵柄をトレース出来るほどの絵描きがいないということも挙げられると思う。
谷口先生の画力は凄まじい。精緻なデッサン力もさることながら、作品全体に流れる一抹の寂寥感が素晴らしい。
下手に谷口先生の作風を真似しても上手くいかないと踏んで、完全にオリジナルなデザインに踏み切ったのだろう。
谷口先生の絵柄で観たかったという思いもあるものの、個人的には本作のアートデザインはかなり好き。
シンプルなデザインにしたおかげで、アクションシーンのアニメーションも素晴らしかった。
現在、このレベルの作画を見せてくれる国内アニメはほんの一握りでしょうねぇ。
また、谷口先生がバンド・デシネから強い影響を受けているというのはファンの間では常識。
「谷口ジロー」というペンネームも、バンド・デシネ界のレジェンドであるメビウスの本名、ジャン・ジローから拝借したのだと考えられる。
本作の絵柄やカラーリングがいかにもバンド・デシネ的だったのは、むしろ谷口先生へのリスペクトを表した結果だったのかも。
「何故エベレストに登るんですか?」
「だってそこにエベレストがあるんだもん。」
ジョージ・マロリーは生涯で3度のエベレスト登頂に挑戦。3度目のチャレンジ中に命を失った。
上に記したのは、何故命を懸けてまでエベレストに挑戦するのかを質問された時の返答である。
これが日本では「何故登るのか?そこに山があるからだ。」という格言となって伝播していきました。
まぁ実際にマロリーがこの発言をしたのかどうかは不明らしいのですが、命を賭して山に登り続ける「山屋」たちの生き様を端的に表した良い言葉だと思います。
本作中でも、何故羽生が命を賭けた挑戦を続けたのかは謎のまま。
というか、多分羽生本人もわかっていないのだと思う。
羽生の行動原理も、マロリーのカメラの中身も謎のまま。
しかし、本作のエンディングは非常に腑に落ちるものだった。
羽生という男が何をどう思っていたのかは推測するしかないが、どう考えても彼は死に場所を探し求めていた。
本作はひとりの男が自殺するまでの物語、という捉え方も出来るだろう。
しかし、作品には陰鬱さは無く、むしろ一人の男が命を燃やす、熱い物語として成立していた。
「死」を意識する事で、強烈な「生」を実感する。
羽生の生き方は極端ではあるが、この感覚自体は誰もが持っているものだろうし、だからこそ、彼のチャレンジに共感し、胸が熱くなるのだろう。
人生を山に例える、というのもチープだと思うのだが、この作品におけるエベレストは、紛れもなく人の一生のメタファー。
山頂に近づくにつれ、体は重く、精神は疲弊し、孤独さは増してゆく。
そして山頂まで登っても、結局待ち受けるのは争う術もない完璧な「死」のみ。
さらに人生の残酷なところは、深町のように途中で下山出来ないところ。
一度登り始めたら、どんなに状況が悪くても登り続けるしかない。
人間は皆、とてつもなくハードな山を登る「山屋」である。
「何故、あなたは山に登るのですか?」
という問いに対し、明確な答えを提示することができる人間が存在するのか?
明確な回答を持たない人間は、やはりこう答えるしかない。ある意味では逃避として、またある意味では心からの本心として。
「そこに山があるからだ。」
ニューウェーブ系マンガ家と言われ、大友克洋と二大巨頭としてマンガ界を引っ張ってきた谷口ジローの、最大の代表作を見事にアニメ化してくれました。
ながやす巧といい、あの時代の劇画の方は、本当にデッサンが上手い。
最高峰を目指す先鋭登山家のような気力と粘り強さでこの作品を作り上げたクリエイターたちに、感謝と敬意を送りたいです。
> 人間は皆、とてつもなくハードな山を登る「山屋」である
この行だけ読んだら「はいはい、そうですか」と流しただろう。ただし、この映画を観て、そしてこの素晴らしいレビューを読んだ後では、見事に腑に落ちた。静かな、けれども熱きレビューをありがとうございました! 映画を二回観た気がしました。
鳥取県にもいっそうの繁栄あれ!