「ありえない事だらけの世界」NOPE ノープ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
ありえない事だらけの世界
『ゲット・アウト』や『アス』。人種差別やドッペルゲンガー現象などを斬新なアイデアとスリルとブラック・ユーモアで描いて大ヒット&高評価に導き、今やハリウッド期待の監督となったジョーダン・ピール。
その待望の新作は、謎、謎、謎…。
予告編では、広大な牧場の上空に突如現れた謎の飛行物体…。
UFO…? SF…?
第一印象は、M・ナイト・シャマランの『サイン』…?
しかし、奇才ピールが模倣やありふれた作品を作る訳がない。
またまた独創的なアイデア、野心的な作り、映画愛溢れるオマージュで、唯一無二のピール流UFO映画になっていた。
映画やTVなどに出演する馬を調教するヘイウッド牧場。
父親と二人で経営するOJ。ある日、父親が空から降ってきた異物にぶつかり死亡。OJは“それ”を見る。
“それ”が“あれ”だと確信したOJは、妹エムと動画撮影しようとするのだが…。
『サイン』ではなかったが、これは確かに一種のUFO映画。おっと、今は“UFO(未確認飛行物体)”とは言わないんだよね。“UAP(未確認空中現象)映画”。
怪現象。雲の中に見え隠れする影。遭遇と闘い…。
UAP映画は群像パニック劇がほとんどだが、これを一個人の視点で描き、それは『サイン』風でもあるが、ピールは着想や演出をスピルバーグ映画からインスピレーション。
序盤の怪現象は『未知との遭遇』的。
特に影響大は『JAWS』。見せない演出。突如の襲撃。“補食”。あちらは海からの恐怖だが、こちらは空からの恐怖。
ピールが幼い頃に見たスピルバーグ映画のワクワクを、UAP×ホラーにオマージュ変換させたと言えよう。
斬新なのは、UAPの描写。
本作に“宇宙人”は登場しない。が、“地球外生命体”は登場する。つまり、
UAPそのものが、生物なのだ。
“Gジャン”と名付けられた“奴”は、一見飛行物体だが、出入口みたいな所が口で、そこから地上の人々や物を吸い上げ補食。金属などの“食べかす”は地上に吐き出す(OJの父親はそれに当たって死亡)。
不快な音(鳴き声)、異様な空間(食道)は不気味。“血の雨”は衝撃。
終盤は変貌。空飛ぶ円盤型からクラゲのような生物型へ。幾何学的なデザインは『エヴァ』の使徒も参考にしたという。
おそらくピールは『トワイライト・ゾーン』を意識したろうが、日本人からすれば『ウルトラQ』。
UFO映画にモンスター映画。スピルバーグ映画からだけではなく、往年のB級SF映画をピールが凝った見せ方で現代的にアップデート。
現代的と言えば、登場人物たちの行動にも。
動画撮影をして、一攫千金。果ては“オプラ(・ウィンフリー)”を狙う。
所謂“バズる”は現代人の手っ取り早い手法。
ネット上でもそういう“バズる映像”は氾濫。真偽のほどは別として。
見たいものを見る。
見よう見せようと欲する余り、何かしらの目に遭う。
その事は作品でも反面的に描かれている。
ピールの十八番となった人種問題も前2作ほどではないが、やんわりと。
OPや劇中何度も挿入される“世界初の映画”。騎手が馬に乗る僅か数秒の『動く馬』。
その騎手が何者であったか今はもう謎だが、本作では黒人であったと仮定(確かに黒人に見えなくもない)。
主人公兄妹はその末裔という設定。
映画に初めて“出演”し、調教師として業界に貢献してきたにも関わらず、今や忘れ去られ、隅に追いやられる身。もしこれが“白人”だったら違ったのだろうか…?
終盤、馬に乗って荒野を駆けるOJ。黒人は西部劇で冷遇され続けてきたが、その勇ましいカウボーイ・スタイルはハリウッド西部劇へのアンチテーゼにも感じた。
(名カメラマン、ホイテ・ヴァン・ホイテマによる雄大な映像美も秀逸)
共に『ゲット・アウト』でブレイクしたピールとダニエル・カルーヤが(あれから5年、二人共オスカー受賞者)、キャリアアップして再タッグを組むのは必然だったと言えよう。
カルーヤは寡黙な兄OJを、キキ・パーマーが正反対な性格の妹を存在感たっぷりに。
二人に協力するエンジェル役のブランドン・ペレアも好助演。
3人のやり取りはこの異色SFスリラーに於いてユーモアをもたらす。
キャストの中でも異彩を放つのは、スティーヴン・ユァン。元子役で、現テーマパークのオーナー。
かつては人気者だったが、今はもう忘れ去られ…。何処か胡散臭さと侘しさを感じさせると共に、彼の役もハリウッドに於けるステレオタイプのアジア系へのアンチテーゼ。
もう一つ、個人的に彼を通して感じたのは…
タイトルの“NOPE(ノープ)”とは、“NO(ノー)”のスラング表現。劇中でも「ありえない(=ノープ)」とメインタイトル。
Gジャンとの遭遇がそれだが、ユァン演じるジュープの過去も。
子役時代出演した、チンパンジーのゴーティが主役のホーム・コメディ。人気のTV番組だったが、ある事件で曰く付きに…。
破裂した風船に驚いたのか、突如凶暴化。出演者を殺傷。
隠れていたジュープの目前に迫った時、射殺。
業界に伝わる惨劇であり、ジュープにとっても今尚思い出すトラウマ。
一体あれは何だったのか…。ありえない事が起こる。
全ての事柄が巧みに意図的に繋がってるという訳ではない。
鮮やかな伏線とストーリーテリングを期待すると肩透かしかもしれないが、何か暗示めいていて象徴的。
ピールが脚本を執筆したのはコロナ禍中真っ只中。不穏と不安な雰囲気は、ありえない事が起きた現実世界への警告か。
前2作ほどの斬新さや衝撃は無かったが、人によっては淡白で退屈、人によっては意味深で深読み。
ジョーダン・ピールはますますクセ者監督の座を欲しいままにしている。
やっぱりジージャンがエヴァっぽいのは参考にしてたからなんですか。
ラストの幾何学的な分解の仕方、似てますね。
あとアメリカ映画に多い、近づくと電源全落ちするって設定、どういう理屈なんでしょう。
昔読んだクラーク共著の『トリガー』ってSF小説が、そんな感じの理論をメインにストーリーを組み立てましたけど、そちらは面白かったなあ。