アウシュヴィッツのチャンピオンのレビュー・感想・評価
全21件中、1~20件目を表示
90分間の中に言葉を超えた多くの要素が凝縮され、力強く引き込まれた
本作を観る前、ある種の型にはまった内容なのではないかという危惧の方が強かった。しかしいざ蓋を開けてみると、まるでボクサーの肉体のように90分台のスリムさの中に必要な要素が凝縮されていることに驚いた。特徴的なのは、主人公を始めとする登場人物たちの過去がほとんど描かれないことだ。彼らは自分のことをベラベラ喋ったりせず、ただ現在を生き抜くことに必死。けれどこのある種の地獄の中での相貌や行動、ほんの些細な振る舞いを見ているだけで、これまでどのように生きてきた人なのかが如実に伝わってくる。主人公の場合、それは当然、リング上でのリアルなファイト場面、そこでの一挙手一投足においても言えることだ。感動的ながら仰々しく感情を煽り立てはしない音楽や、端々まで緊張感を身に纏ったエキストラ、収容所内の美術に至るまで、作り手の情熱にも圧倒される。なぜ戦うのか。言葉にせずとも、映画そのものが答えを誠実に体現している。
ヒーロー過ぎないのは良かった でもメッセージも弱かった そんなんで...
ヒーロー過ぎないのは良かった
でもメッセージも弱かった
そんなんで勝っちゃうだ、と呆気に取られてもしまった
ドイツ人は何でこんな酷い事ができるのだろう
本当にこんな人ばっかりだったのだろうか
違って欲しい
そうでなかったら救いがない
【今作は、アウシュビッツ強制収容所に連行されたワルシャワのボクシングチャンピオンが、不屈の闘争心で自由を得るまでの姿を描いた実話である。ラストのシーンはジワリと涙が溢れます。】
■1940年、第二次世界大戦中のドイツ占領下のポーランド。
アウシュビッツ強制収容所に連行されたワルシャワのボクシングチャンピオン・テディ(ピョートル・グロバツキ)は、過酷な労働に従事させられていた。
ある日、テディは衛兵たちの気晴らしに、リングに立たされることになるが、まともな食事も与えられていないのに、華麗なフットワークで連戦連勝していく。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・今作が心に響くのは、死と隣り合わせの状況下で、テディが決して諦めない姿である。
・更に彼は、試合に勝った後、褒美で渡されたパンを、餓えた仲間達に分け与えたり、喘息持ちの少年の為に、自分の傷の手当をした貰った際に、クスリを貰っている。
ー 彼の人間としての、器の大きさが良く分かる。-
・そんな彼の姿に、心動かされた収容所指導者マルチン・ボサックは、彼を別の収容所(アウシュヴィッツより助かる可能性が高い)に送るように指示するのである。
■今作は資料によると、強制収容所でリングに立ち続けた実在のボクサーの物語を元囚人たちや本人の証言をもとに映画化したモノだそうである。
今作では、囚人番号”77”を左腕に彫られたテディが、囚人仲間達の希望の象徴である事が見事に描かれている。
<マチェイ・バルチェフスキ監督は、元囚人たちの証言やテディ本人の記録から今作をドラマティックに描き出したそうである。
凄い人物がいたモノである。>
■ナチスの蛮行を描いた映画は、数知れない事はご存じの通りである。
殆どが、ユダヤの民や、ポーランドの民の末裔が制作しているが、(こちらの方が、リアリティ溢れる作品が多い気がする。)
だが、ドイツ人が自ら製作している作品も多い。
ロシアの現況の愚かしき行為(今でも既に数作のドキュメンタリー映画が公開されている)が、何時か”あんなことは二度としてはイケナイ”と言う想いを込めて、ロシア人監督により映画化される日が来ることを切に願うモノである。
監督のナチスに対する憎しみのようなものを感じる
アウシュヴィッツ収容所に入れられたポーランドのボクサー視点で見たホロコーストサバイバル映画。
テディと称されるボクサーが、パンをもらうためボクシングの試合をしていくのだが、
彼が色んな相手を付けられ、戦っていくいく姿は、彼の生きる意志と同時に、彼が生き残れば誰かは死ぬという不条理を表していた。
また彼の視点で描くナチスの蛮行が包み隠さず表現されている。
もちろんナチスの犯した行いを描いた映画は多々あるのだが、この映画は飽くまでもボクサー視点なので、フォーカスが当たってないところで、ナチスがアウシュヴィッツでやった蛮行が垣間見えるのだ。
この作品は、テディというボクサーのアウシュヴィッツ体験記のような描き方をしているが、
根本にはナチスのひどい行いを決してオブラートに包むことないよう描く、と言う監督の意思を感じる。観る側をテディと同じような視点に立たせ、疑似体験をしてもらう意図も感じられた。
それだけ彼は家族、親戚からナチス体験談を叩き込まれてきたのだろう。
しかし、毎年のようにホロコースト映画が公開されるが、毎回ドイツ語で蛮行が行われる映画を観させられるドイツの映画関係者はきっと複雑な想いだろう。それほどナチスの行いは現代史に傷を残したという事だが。
思っちゃいけない
120本目。
最初の方で全てを否定される所から始まる。
分かって観てはいるけど、キツいしツラい。
もし自分がと想像しようするが、自分自身が負けそうで考えない様にはするけれど、それって作品から逃げようとしてるのかと、葛藤したりもする。
主人公目線でみれば、あぁ良かった、だろうけど、収容所に残っている人の方が多いんだから、そう思っちゃいけないだろうな。
いや〜ボクシング映画って本当にいいもんですねぇ
予告編を見て気になっていたので鑑賞。夏バテ気味で疲れていたのでクーラーの効いた映画館で何回か寝落ちしてしまいましたが映像も綺麗でナチスドイツの非情さもよく描けていました。テディ役の俳優さんもかっこよかったけど欲を言えばボクシングのアクションシーンとかもう少し迫力あればなとかキャラクターも個性とか魅力が足りなかったかなとか思いました。映画的にはよく出来ていたんだろうけど感動が欲しかった。
霧のような男
第二次世界大戦中、アウシュビッツの収容所にて司令官らの娯楽としてリングにあがることになったボクサー、「77番」ことテディ。勝つことで与えられたパンを皆に配り、いつしか囚人の希望の象徴となっていくが・・・といった物語。
本日ワタクシ、戦争映画2連続鑑賞の第1段。
強制労働中、あることがきっかけで、収容所のボクサーとして活躍することとなったテディ。
理不尽な階級差もものともせず、持ち前のディフェンス力で闘い続ける。
このテの映画やドラマって、時にはボクシングの演技が酷すぎて内容が入ってこなかったりするけど(それは日本だけか?)、本作はその辺もちゃんと見応えがあった。
それでいて、アウシュビッツでの残虐行為は、例の如く目を覆いたくなるほど、こちらもしっかり描かれていた印象。
守るべき少年との話は哀しくも心温まるものだったし、司令官(?)の家族の描写も、彼らの物語に効果的に影を落としている。
屋外試合での出来事は哀しすぎましたね。
気持ちを失ったテディが再びリングに転がり上がるシーンはアツかった。
最後の試合はもうちょっと何かあっても良かったかな~と思いつつ、少年を守り、囚人たちへパンを配り続けるだけでなく、その存在こそが囚人たちの希望になっていたのだなと思うと、やっぱり彼はホンモノの戦士だったんだなと。
ボクシングのシーンだけでなく、ストーリーにも魅せられた良作だった。
ちょっとわからなかったのはウォルターさんの立ち位置。彼も囚人ですよね?
どんな映画でも兵に目をかけられている囚人って一人はいるイメージだけど、彼もそんなところでしょうか?
そして何より、エンディングはちょっと目頭が熱くなった。
芸は身をたすける
運のいい人ですね。試合することになったのもたまたま。
主人公はじめ、人物の詳細には細かく触れないままストーリーはすすんでいきます。名前も経歴も全て無しにされてしまう世界だからでしょうか? 少年を気にかけたり、主人公に影響を与えるのも何故なのかわからないままです。
若いから生きてほしい、という希望だったのでしょうか?
わからないけど不自然には思わず、話に入りこめました。
赤ちゃんを抱っこしている人に上着をかけてあげるシーンで涙が出ました。死を目前にしても人を思いやれる人もいるのに…。収容所というものが現在もあるというのが恐ろしいです。
ちなみに、もうこの種の映画は人気ないのですかねー?
大阪でも1つの映画館でしか上映されてませんし。
もっとたくさんで上映してほしいなーと思いました。
忌々しい歴史を忘れないために/(参考)日独の考え方の違いについて
今年221本目(合計497本目/今月(2022年7月度)33本目)。
日本では7~8月によく放映される、ナチスドイツの忌々しい歴史を風化させないための映画がよく「固まって」放映されることがありますが、本作品もその一つです。
ここの特集などにあるように、史実をもとにしているため、あることないこと書けないこともあります。
ナチスのこの収容政策といえばユダヤ人が真っ先に挙げられますが、身体障害者や牧師(牧師についてはちらっと映画でも出る。宗教関係者を余りよく思っていなかったらしい)も犠牲にあったことも事実です。ただ、それら含めて全て「平等に」描こうと思うと10時間コースであり、何か一つに絞ろうと思うと難しいところです。
また、映画内をよくみるとわかりますが、当時のドイツ(収容所内)のドイツ側の思想も必ずしも一律ではなかったようで、中にはヒトラーに懐疑的ないし反対していたものもいたようです。それが前提になっているセリフもあります(他の方が詳しく書かれていた通り)。
もう戦後何十年もたつこの文化(および、同じく敗戦国である日本、イタリアがとった極悪非道の政策)は未来永劫忘れてはいけないし、次の世代に伝えていかなければ…と気を強く思ったところです。
採点上特に差し引く要素はないので、フルスコアにしています。
--------------------------------------
(参考/日独の考え方の違い)
・ 同じ敗戦国のこの2つの国ですが、表現・言論の自由という観点で大きく違います。
ドイツはもちろん、ドイツのこの被害にあった国の中には憲法や法律のレベルで「ナチスドイツを英雄視するような著書・映画は許されない」という国があり、違反者には罰金も取られます。これを「表現の自由の侵害」と見るかは微妙ですが、余りにも支離滅裂であったことも事実です。
翻って日本を見ると、日本も敗戦国で敗戦後、日本国憲法が定められ、そこで思想良心の自由、表現・言論の自由は最大限尊重されるようになりました。基本的人権の中でも「表現・言論の自由」はその「王様」と言われるほど強く保護されます。それは、「表現・言論を戦わせてより健全な民主主義国家を作る」という思想に根差したものです。
しかしこれも絶対無制限でなく、それに名を借りたようなものは個別に罰せられます。代表例は「わいせつ表現」「名誉棄損にあたるような行為」「個人情報の勝手な書き込み」といった類型で、これらは戦後の判例で確立されたもので、現在もそれにいたります。
実は日本では「表現・言論の自由に対する例外的な規制」は上記程度しか判例で確立されていないため、「天皇制反対」や「憲法9条反対」、さらにはこの映画の通り「ナチス万歳」という表現も基本的には禁止できません(もちろん、こうした評価サイトが個別に「いい加減にしろ」ということで制約を入れることはある。これは私人間の話)。
つまり、国として反省するドイツが一定の表現の自由に制限をかけているのとは対照的に、日本は「他を害するものは許されない」という立場にたつのであり、それはその通りなので、極論、先の第二次世界大戦で日本を擁護するような発言も基本的には自由です。
日本とドイツは同じ敗戦国だし、民法(日本の民法はドイツ民法をまねて作られています)や憲法などかなりの部分が似ますが(「英米法」と「大陸法」の概念)、細かいところで差があります。その最たる例が「表現の自由の規制の度合い」です。
実在のボクサー アウシュビッツのテディ
4と4.5の間で、厳しめの星4つ。
素晴らしい映画です。
観たい映画が時間が合わなくて、時間が合ったので、とりあえず観てみたんだけど、
観て、よかった!!
事実に基づく話で、実在のボクサーの話、すごい話です。
最後、泣きそうでした。
実在のアウシュビッツのボクサーの話としか情報を入れてなかったのですが、それが正解でした。
これから観る方は、情報を入れないで観た方が絶対に面白いと思います。
暗くて静かで眠くなる映画かな?と思ったら、そんな事なく観やすかったです。
時間も91分とコンパクトですが、濃厚濃密な内容で大満足。
ボクシング好きは、もちろん。
そうじゃない方にも、オススメです。
主演の方は、ヒュー・ジャックマンに似てます。
アウシュビッツの惨さ…
アウシュビッツを生き延びた実在するボクサーの話だけど当然のことながらそこにはいざという時に助けてくれるヒーローもなし。ただただ非人道的なアウシュビッツでの暮らしが描かれる。ボクサーという武器があることで生き延びることはできたが、そう考えるとどれだけの幾多の他の人生が絶たれたことか。見る価値あり。
映画館で見るべき作品
アウシュビッツ収容所から生き残ったボクサー、タデウシュ・“テディ”・ピトロシュコスキの伝記作品。
かなりの減量をして撮影に望んだ主役のピョートル・グロバツキの迫真の演技に感動します。
22年にポーランドのアカデミー賞とされるイーグル賞で主演男優賞も頷けます。
ホロコーストの無残なシーンも多々ありますが生き残りをかけ、さらに仲間の命を救うために見世物試合を続ける姿は胸をうちます。
監督は、ポーランド出身でホロコースト生存者の孫でもあるマチェイ・バルチェフスキ。劇場で見るべきの必見作品です。
ARBEIT MACHT FREI
アウシュビッツの最初の囚人の一人で元ボクサーの男の実話をもとにした話。
囚人番号77番のテディが、カポの仕掛けたパンを賭けた悪ふざけに巻き込まれたことが切っ掛けで、収容所内のボクシングの選手となっていくストーリー。
衛兵達の娯楽として始まったボクシングで強さを認められて重労働からは外される様になり、ボクシングに勝つことで大量に与えられる食料をみんなに配り、そして生き長らえていく様や、彼と仲良くなった若い囚人との様子をみせていくけれど、主人公そのものにはあまり変化がなく少し単調。
まあこれと言ってというところで、他の囚人のストーリーを繋いでいるのだろうし、その内容はちょっと選択を誤れば常に死に向かう恐ろしく悲しいものではある訳だけど。
そういう意味では常に先の読めない展開でスリリングさはあったし、一つの映画として良かったけれど、アウシュビッツのチャンピオンのテディをみせる映画としては波も小さく盛り上がりに欠けるものではあったかなという感じ。
チャンピオンのやりたかったこと!
テディ、ラスト幸せそうでしたね(^o^)
実話なんですね。終わってから知りました。
きつい収容所でしたが、協力者がたくさんいてよかったですね!
ラストファイトは、グローブなしだったのはなぜ?
拳ひとつで生き抜く
僕はボクシングが大好きである。拳ひとつで生きるボクサーを敬愛している。
この映画の主人公テディもまた拳ひとつでアウシュヴィッツ収容所を生き延びた。この映画のなかでユダヤ人が次々にガス室に送り込まれ、撲殺され、銃殺され、吊るされ、目を覆いたくなるほどの残虐な光景が描かれるが、そんな地獄のなかで彼のボクシングにユダヤ人たちは癒され勇気をもらい、またナチスの鬼畜どもも魅了され、彼に食料や医療を与えた。これは結果的に飢えた人達を救いもした(焼け石に水かもしれないが、その時には地獄のなかで大変な幸せを感じたと思う)。なぜ人は強いボクサーにひかれるのか。特にテディは防御に優れ、相手のパンチを「霧のように」かわすテクニシャンだった。収容所の中で彼のボクシングスタイルは何か暗示的でもある。
褐色の爆撃機ジョー・ルイスのライバルであり、ボクサーを引退した後に経済的に困窮したジョー・ルイスを匿名で援助し続けたとも言われるドイツの英雄マックス・シュメリングのスクラップ記事を見ながら収容所所長の息子が「なぜ偉大なドイツ人が負けたの?(多分ジョー・ルイスにだろうな)」という場面、何気に感動してしまった。ここで映画の中の地獄と現実の世界との繋がりを実感した。因みにこのマックス・シュメリング、実は反ナチスの人(ナチスはドイツの英雄を入党させようと何度も試みたが断固として拒否し続けた)で、収容所の所長が息子に「トレーナーがユダヤ人だから負けたんだよ」て言ってるのは別にジョークではない。史実に基づいて所長でもある父親にそう語らせたのだと思う。
全21件中、1~20件目を表示