「イランの聖地マシュハド。 イスラム教の聖地であるが、夜になると街中...」聖地には蜘蛛が巣を張る りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
イランの聖地マシュハド。 イスラム教の聖地であるが、夜になると街中...
イランの聖地マシュハド。
イスラム教の聖地であるが、夜になると街中には娼婦が溢れている。
そのマシュハドでは娼婦をターゲットにした連続殺人事件が続いており、都度、新聞社には死体遺棄現場の告知が犯人から届けられていた。
警察の捜査は進まない中、女性ジャーナリスト・ラヒミ(ザーラ・アミール・エブラヒミ )は危険を顧みずに、単身、事件を追うことにした・・・
といったところからはじまる物語ですが、いわゆる犯人捜し・意外な犯人のミステリではなく、巻頭早々に犯人は明らかになります。
エンタテインメント性からはかなり遠い作品といえます。
興味深いのはイスラム社会、イランの生々しい現実。
冒頭殺される娼婦の出勤準備の様子から、これまでのイラン映画とは全然異なることがわかります。
薄暗い部屋で、上半身裸で濃いルージュを引き、ヒジャブ代わりの派手なスカーフを被り、身支度を整える女性。
傍らには幼い子ども。
マシュハドの中心街も煌煌とというにはほど遠い街角に娼婦たちがたむろしている。
そして、殺人・・・
殺害の様子も生々しい。
女性ジャーナリスト・ラヒミに対する扱いも甚だしく、独身女性が単身でホテルに泊まることは忌避されているようで、難癖をつけて宿泊を拒否。
(最終的にはジャーナリストとわかり、部屋は確保できるのですが)
また、取材に応じた警察幹部も女性蔑視は明らかで、なにかにつけて性的な行為に及ぼうとしたり、と兎に角ひどい。
この生々しい現実は後半、おぞましさに変貌します。
犯人が最後に殺すベテラン娼婦とのやり取りはすさまじく、これまでならばヒジャブによる絞殺に至るのだが、体格差からそうはいかず、激昂した犯人は素手で何度も何度も殴ります。
このシーン、ほんとにすさまじい(一瞬ですが、日本の今村昌平監督作品を思い出しました)。
この惨劇が、アパートの自宅の一室で行われていることが、さらに気分を陰鬱にさせます。
で、最終的には、ラヒミが自らを囮にして犯人は逮捕されるのですが、そのあとはおぞましさが浮かび上がってきます。
犯人は、イスラム法を実現しただけと反省に色はなく、市民の多くも犯人に共感を寄せる。
十代の息子も、犯人の父親を尊敬し、最後には父親から聞いた殺害の様子を、さも誇らしげにテレビカメラの前で披露する・・・
『ボーダー 二つの世界』では、生々しいファンタジーの世界を描いたアリ・アッバシ監督。
今回は生々しくおぞましい現実社会を描きました。
監督自身がイランのテヘラン出身ということで、これまで描かれなかったイランの現実社会を描いたのでしょうが、海の向こうの世界、他所のハナシというように傍観しているだけでいられないところも感じました。
どうも、身の周りの社会も少しずつおぞましさが表れつつあるような感じがして仕方がないのです。