「タイトルなし(ネタバレ)」ロストケア りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
タイトルなし(ネタバレ)
30代半ばの女性検事・大友秀美(長澤まさみ)は、ある男性の孤独死の現場に立ち会った。
事件性はなく、死後2カ月して発見されたものだった。
それからしばらくしたある日、訪問介護を受けていた老人宅で、介護していたセンターの所長の死体が発見される。
ニコチン注射による老人、階段から転落したとみられるセンター長。
不審に感じた大友検事は、助手の事務官・椎名(鈴鹿央士)の分析で、くだんの介護センターでの被介護者の自宅での死亡事例が突出して多いことに気づく・・・
といったところからはじまる物語で、老人とセンター長の死の前に、当該介護センターに勤める熱心な介護士・斯波(松山ケンイチ)の働きぶりが描かれます。
被介護者の自宅での死亡事例に、斯波が絡んでいることは早々に明らかになり、ミステリー的な関心は薄れるのだけれど、そこからがこの映画の面白さが始まります。
映画冒頭に、「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」とマタイによる福音書の一節が映し出され、斯波の犯行は「自分がしてもらいたかったこと」なのだと、信念をもっている。
その確信の背景には、「いちど穴に落ちたら、もとへ戻れない。多くは、安全地帯にいて、"自己責任"の名の下で、穴に落ちた者を救おうとしない、非難する。社会が悪いのだ」と、斯波は大友検事に正面から言い放つ。
あまりのストレートぶりなのだが、そのストレートぶりは胸を打ち、どうしようもない怒り・憤怒がこちらにまで届く。
斯波の言説に対して大友検事は「それは身勝手な正義感」と唾棄するが、斯波は「それこそ、あなたが"安全地帯"にいるからだ」と面罵する。
この映画でもっともスリリングなシーンです。
そのような社会問題を前面に出した映画は、ふたつの被害者遺族を描き、物語を立体的に、かつ奥行きを与えます。
ひとつは坂井真紀演じる羽村洋子、もうひとつは戸田菜穂演じる梅田美絵。
ただし、介護をしていた者の視点がこのふたりしかおらず、やや奥行きに欠けるかなぁ、というのが残念なところ。
で、裁判の末、斯波の刑は確定するのだけれど、その後に、冒頭に描かれた孤独死にまつわる大友検事の後悔・告白があり、このエピソードは「うーむ、どうしてここで喪われた親子の絆、みたいなものを入れちゃうのかしらん」と、個人的には鼻白む思いがしました。
(安全地帯からの家族の絆幻想みたいな感じ。あいまいなカタルシスの提示みたいで。)
ということで、最終盤で大きく失速。
問題を問題として提示するだけでもよかったのではありますまいか。
それだと、観客にそっぽを向かれると思ったのかしらん。