「皆が本音を隠して生きている」LOVE LIFE ありのさんの映画レビュー(感想・評価)
皆が本音を隠して生きている
愛する我が子・敬太を失った母・妙子の再生ドラマかと思いきや、妙子と次郎、夫々の過去の愛憎にまで物語は転じ、最後まで予想できない展開で面白く観ることができた。
監督、脚本は深田晃司。これまでにも「歓待」で移民問題を、「さようなら」で原発問題を取り上げながら、同時代的な社会問題をテーマとして取り入れてきた俊英である。本作では社会福祉や移民、ホームレスといった問題を取り上げながら、一組の家族に起こった悲劇を巡る数奇なドラマを語っている。ちなみに、妙子の義母が敬太の死をきっかけに信仰に傾倒していくが、これも「淵に立つ」との共通性が認められ興味深かった。
このように今回は深田監督の過去作からの引用が幾つか見られ、そういう意味では集大成のような作品に思えた。
物語は中盤で妙子の前夫パクが登場して急転する。終盤の展開が少し雑に映ったが、妙子の”ある選択”がもたらすラストの顛末には、実にいたたまれない気持ちにさせられた。
妙子からすれば、敬太を死なせてしまった原因が自分にあるという贖罪の念があったのだろう。失ったパクとの愛をもう一度取り戻したいという気持ちがあったのかもしれない。しかし、そんな彼女の思いは見事に打ち砕かれてしまう。愚かな選択と一蹴することはできる。しかし、彼女の止むに止まれぬ気持ちを想像すると不憫でしょうがなかった。
観終わって、色々と考えさせられる作品である。一組の夫婦の軌跡の物語、愛についての物語、あるいは手話が印象的に登場してくることを考えると、昨年観た「ドライブ・マイ・カー」のようなディスコミュニケーションをテーマにした物語という捉え方もできよう。
いずれにせよ、観た人が様々な角度から様々に解釈できる作品であることは間違いない。非常に懐の深い作品である。
個人的には、本作は人間の二面性について描いた作品…というふうに捉えた。
ここに登場する人物は皆、本音を隠し、表面を取り繕って生きている。自分を含め人間であれば誰でもそうした面はあると思うが、それをこの映画は痛いほど鋭く突いている。
例えば、次郎は妙子を気遣う優しい夫であるが、その一方で非常に薄情な男でもある。無口な義父も妙子に対する感情を前面には出さない。しかし、自然とそれは態度に表れてしまう。義母も妙子に朗らかに接しているが、何気ない一言から彼女の本音が見え隠れする。
そして、妙子もこの再婚にどこか負い目みたいなものを感じていたのではないだろうか。おそらく彼女は次郎の過去の女性遍歴についてすべて知っていたと思う。しかし、それを一切詮索しないで、現在の平和な結婚生活を壊さないように心掛けているように見えた。
「和をもって貴しとなす」という言葉がある。周囲に波風を立てない殊勝な心掛けは、いかにも日本人らしくて、それ自体美徳と言えなくもない。しかし、自分の意見をはっきりと主張する外国でも果たしてそう言えるだろうか?
パクは在日ホームレスという社会的弱者である。本人が意図していたかどうかは別として、その立場を利用して妙子と寄りを戻していった。彼もまた表裏の顔を使い分けたわけだが、しかしここに登場する他の日本人に比べると随分と図々しい男だと思った。それが個人の性格によるものなのか、国民性なのかは分からないが、実に厚顔にして”したたか”である。
一般的に日本人はシャイで本音を言わない人種だと言われている。その生態を本作は見事に突いていると思った。自分自身にもそうした所があるので、これには余計に納得させられてしまう。
したがって、妙子の顛末にも他人事ならざる憐れさを覚えてしまうのである。