アイ・アム まきもとのレビュー・感想・評価
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想いを送り、送られる
近年、死後だいぶ経過した孤独死も珍しくないと感じていたけど、遺骨の受取拒否があるのは考えもしなかった。お寺にある無縁仏には、そういう事情もあるのだろうか。
たしかに遺族とはいえ疎遠だったり、連絡先すら知らない人だと、いきなり葬儀に来い、遺骨取りに来いと言われても困る、というのは分からないでもない。
近しい人の遺骨ならいいけど、そうじゃない人の遺骨は、正直ちょっと怖い。
はじめはちょっとおかしな人という印象の強い牧本さんが、蕪木さんを通して人と交流し、成長していく。そして牧本さんと関わった人も成長する(坪倉以外)。
みはるさんに「座って食べな」と言われ、変わりはしたけど、お茶碗は持ってなかったのかな。
その後の急展開に驚かされたけど、切なくもほっこりするエンディングだった。
気になってはいたけど観れなかった、オリジナルの方も観てみよう。
『川っぺりムコリッタ』『マイブロークンマリコ』と、遺骨が続くなぁ。普段めったに見かける事はないのに。
牧本さんの自宅シーン。物のない部屋と白い照明と白いシャツが『死刑にいたる病』の接見室と重なって、ちょっと鳥肌。
社会の歪みを真面目に面白く
孤独死と言う身近な話が題材にあり、力を抜けば、事務的で簡潔に済む事に真面目に対応する主人公「牧本」
阿部サダヲらしい、軽いジャブの様なオトボケがジワジワ効いてくる。
…が、トドメの右ストレートが「牧本」本人に降り掛かる不幸と繋がり、見る側の心に触れる。
個人的には邦画の好きなパターン。
洋画の様に「ドッカンドッカン、パンパン」ハッピーエンドと違い、見る側に意見を持たせる作品。
いい!
孤独死という現代社会に横たわる重たいテーマを発達障害気味の主人公を通してコメディータッチで軽く描いているのが良い。
でも、その主人公も最終的に孤独死を遂げてしまうというのが何とも切ない。
國村隼・嶋田久作・松尾スズキ・でんでんなど個人的に大好きな俳優さんが沢山出ているのも良かった。
宮沢りえの艶っぽさと満島ひかりの変わらぬキュートさも最高。
孤独死=都会 という固定観念から離れ、敢えて設定を地方都市にして田園風景や鶴の姿を織り交ぜたのも好印象。
裏テーマあり。
2022年劇場鑑賞227本目。
阿部サダヲ演じる空気の読めない男まきもとさんがおみおくり課で身寄りのない遺体の葬式を出し、なるべく遺族や身寄りを探して葬儀に参列させようとするが・・・。という話。このまきもとさん、比喩とかでなく発達障害です。ただ、療育手帳を取得していない、いわゆるグレーゾーンの方だと思います。
話の流れから先を予想できないというのが典型的なのですが、篠井英介演じる上司が多分おみおくり課をまきもとさんのために作ったような発言をしていたので、障害者と健常者が同じように暮らしていけるノーマライゼーションを実践しているんだと思うと温かい気持ちになりました。
話の流れはなるほど、こういうオチは自然かと思いながらもやっぱそりゃねえわとも思うのでこの点数です。
ところでこの作品に満島ひかりが出ているのですが、遺骨に絡むのが最近あったばかりで、もう一作遺骨絡みの作品にでれば遺骨女優と呼べます(笑)
いい役者の方々といい話
名優の方々がいい話をいい演技で見せてくれるので、何度もほろっとなったり笑ったりがあります。
ただ、そうですね、例えるとヒット連打で面白い位走者が出るんだけど、終わってみると辛勝な野球の試合みたいな。派手なホームランとかウルトラファインプレーがなぜか無いんですよね。
加えてラストが…ちょっととっ散らかるというか、どう見ればいいのかわからなくて戸惑ってしまいました、私は。劇場でやられてるちょっとひねった脚本の芝居のようでした。
それぞれの俳優さんが好きな方は是非。私は松尾スズキさんをスクリーンで見れただけでも良かったです。
人生とは
牧本さんは変わり者で、こだわりを持って無自覚に迷惑をかけているんだと私は思う。そんな人がお見送り係をして、大変な仕事を人生の一環としてこなしている。とても胸が痛くなるが、コメディーぽさが滲み出て、とても個性的だなと思った。
「頑張った、頑張った」が、否定的かつ肯定的にも聞こえる。このセリフが人生を語っているように思えた。
葬式は遺族のためのもの?
市役所に勤務し、孤独死した住民の後片付けに従事する職員が主人公の物語。
発達障害(アスペ?)のように見受けられますが、明確には描かれていません。
気に入らない点がいくつかあって、
・孤独死した人の過去探しにのめり込む理由がわからない(アスペだから?)
・最後の過去探しにおけるご都合主義(そんな簡単につながらないでしょ)
・職制を無視した描写(何故、所属組織が異なる警察官が納骨に従事する?)
・役所は公私混同を嫌うはず(自腹の葬式は不適切)
・最後の場面で〇〇と△△を対象的に描くために、○○を無縁墓地に
いきなり納骨するが、あり得んでしょ・・・
・最後の〇〇の墓前に集まるのは☆☆の方々ですか?チョッとおかしいですね
(ネタバレしないように書くのが難しいのですが)
孤独死が増えている時流に合った話だとは思いますが、出来はイマイチかと。
「葬式は遺族のためのもの」という局長の意見の方が正しいと感じる者の感想でした。
こうなってました。粘り勝ちです。わかりません。
ちゃんと社会派。新たな一歩を踏み出してからのあのラスト…これから現実を生きなくてはいけなかったまきもとと皆に感謝されるまきもとどっちが彼にとって幸せなのか…
いい話?
正直言って私はBDで十分と思っていたが、妻のお供で観賞。
やっぱりBDで十分だった。
この手の映画を楽しめるかがいい人かどうかのリトマス試験紙なのだろう。
妻は楽しめたと言い、私は必ずしもそうではなかった。
つまりそういうこと。
つまらない訳ではなかった。
時折笑みも浮かんだし涙も滲んだ。
しかし、心が大きく動くことはなかった。
阿部サダヲはこういうキャラを演じさせたらピカイチ、さすがだった。
満島ひかりも登場時間は短かったが、存在感抜群で輝いていた。
だが、そのキャラには違和感を禁じ得なかった。
何らかの障害があってみそっかす扱いなのだろうか。
およそ公務員として相応しいとは思えず、時にイラッとしてしまった。
局長の方が正論だろう。
小便のシーンは流石に笑えない。
ラスト近くの非常に皮肉な展開にはちょっと胸が熱くなりかけたが、
その後の取ってつけたような光景で一気に鼻白んでしまった。
いい人にとってはいい映画。
阿部サダヲ、どハマりの牧本。
阿部サダヲ演じる牧本は、身元の分からない故人の為に遺族を探して火葬する、おみおくり係。これ、日本の役所にマジで実在するかも?
予告編から牧本は社会性の無い変な奴で、阿部サダヲって事はどうしようもないギャグの連発だろうなと思いながら着席。
おや?こいつそんなに酷い奴じゃないぞ。言ってる事もやってる事も全て故人の為。遺族がやらないって言ってるのに自腹で葬式だなんてありえないでしょ。上司や周囲の人の言葉に揺らぐ事なく自分の正義を貫き通すかなりの人格者だ。孤独死した故人に寄り添う話しなので、ソコソコ重いんだけど、チョコチョコ出てくる言葉遊びでかなり笑える。
あなた子供いる?って聞かれた牧本の返事、最高〜!
最後には故人に対して悪い印象しか持ってなかった人達が葬式に集合。こりゃ泣けました。そして同じタイミングで火葬された遺骨に手を合わせる人達。泣ける〜。
何度も出てくる交差点のシーンは怪しいと思ってたんだけど、まさかね。
主役の阿部サダヲだけでなく、宮沢りえ、満島ひかり、でんでん、松下洸平、國村隼など、脇役陣もバッチリハマってた。特に良かったのが宇崎竜童。故人なのでずっと写真だけの出演だったけど、キャラ設定がピッタリでセリフからの想像にガッツリハマったよ。
笑って泣いてとっても楽しかったデス。
がんばつた‼️❓よーく、何が正しいのか考えてみよう‼️❓
民間の人には理解しがたいことですが、利益ではなく公共の福祉を目的とする行政機関は、法律や規則はたまた国民のためでなく指導者や幹部の個人的な嗜好や私利私欲を目的とした計画や事業の遂行でも、組織は維持できるし、体裁を保つことができます。
この映画でも、局長や警察が合理的に見えますが、責任放棄や責任転嫁による合理性の追求なので、その罪はかなり重いものがあります。
そう、私費で葬儀をしたり、遺族を個人に調査させているようでは、組織としての重大な過失、市や警察の機関としての無作為の過失なのです。
主人公は神の子のような生き方ですが、これは良心を象徴として現したものかもしれません、神は死んだ、良心も死んだ、でも死んでなおリスペクトされる、と。
アベサダオは好きな俳優ではなく、今回も、わざとらしさが先に立ちますが、セリフや行動は、かなり正当なものです、わかります分かりませんを含めて。
何が正しくて、何が間違いなのか、よく考えてこの映画を観て欲しいと思います。
孤独死も無縁墓もそれ自体は悲しむものではありません。
生きてきたこと自体の意味が問題です。
それを教えてくれるこの映画の意義は深いと思います、是非。
選んだこちらの責任です。
阿部サダヲ 今度こそはと観始めたけど 舞妓Haaaaan‼︎ の落胆が蘇る。
退屈とイラッが交互に押し寄せ早く終われと願う104分は辛い。
こんな人いるわけない。でも最後に少しだけ感動。
爆笑もしなければ強い感動もありませんでした。
主人公は市役所職員なんですよね?
故人ともプライベート付き合いなど全く無かったのです。
優しさというか拘りというか、あんなに一つひとつに手間をかけていたら、仕事のクオリティは良くても市役所職員として勤め人として成り立ちません。
暇ならば別ですが現実であんな職員はありえないです。
葬式を自費で?自分の墓所を譲る?!
そこまでの思い入れ自体に不自然さを感じます。
まきもとさんが孤独死した人を仕事にするのではなく、孤独死しそうな人を見回り逸脱してしまう仕事ぶりのせいで孤独死を防げた話しなら、まだ少しはリアリティーを感じられたかも。
それでも有限な時間で動いている現実では無理でしょうが。
良かったのは、まきもとさんが最後に「みんな」から「お礼のお参り」をされるシーン。
仕事の範囲とはいえ機械的な仕事は冷たく時には恨まれるだろうが、時間が無くて忙殺されていてもほんのほんの少しだけ「まきもと」を心の隅に忘れないでおくのも大事かもと思えたシーン。
人を大事にするとは合理性では絶対無理だから。
故人の気持ちを察するひたむきさ
普段まったく意識していなかったのですが、私たちのコミュニケーションというものは、相手はいつでも、当然のように、或いは自分の期待通りに、自分の言ってることを察してくれているはず、という前提で成り立っているということを実感させられました。
恋人同士、友人同士、職場や部活の仲間…
同じ常識を持ち、この会話の流れならアレとかモノと言っても、当然伝わるはずだと。
だから、世の中には、誤解とか思い違いによる人間関係の軋轢がこんなにも発生するんですね。
(最近読んだばかりの東野圭吾さん『希望の糸』では、それで殺人まで発生してました)
例えば、誕生日が12月の恋人にクリスマスを兼ねたプレゼントをしたつもりなのに(そういったつもりなのに)、クリスマスには何もしてくれなかった、と相手は感じていたり…。
それを殊更強調したり説明したりするのは、いかにも不粋だし、小さい男に見られたくもないので、ハッキリとは言えなくてもそれとなく匂わせただけで「察してくれるよね」とプレゼントした男は思いがちだし、確認もできない。
一方、女性の方に、誕生日とクリスマスはあくまでも〝別物〟というそもそもの思い込みがあれば、こちらの思いは「とっくに察してくれてるはず」という前提で会話をしてるから、「そんなの聞いてません」となる。
あれ⁉︎ この映画のマキモトさんの察しの悪さとは、なんだかズレた方向に行ってしまった😅
マキモトさんは、生きている人間の気持ちを察する、という思考回路を持たない代わりに、故人の思いを察してあげることには労力を厭わない。
互いに察してあげないと上手くいかない人間関係の煩わしさ。見方を変えれば、察することで会話することに慣れたほとんどの人間は自分の言いたいことが伝わるように噛み砕いて話す労力は端折りがちになる。
世間的に立派そうな会社などの会議でも、誰が誰に対して何をどうやって説明するのか、ということが具体的に確認されないまま「じゃ、結論はそういうことでいいんだな」とか「つまりは、そういう方向で考えよう」みたいに切り上げて、後で責任の所在が曖昧になる。そんなことが散見されませんか。
でも、難しいですね。
説明と伝えることばかり考えていると、『◯◯◯◯、今こうなってました❗️」となるかもしれないので、要注意です。
人生って何だろう、と考えさせられた
市役所で、人知れず亡くなった人をフォローをする、おみおくり係、として働く牧本(阿部サダヲ)は、故人を思い、世間の常識より自分の思いを優先してたため、周囲から迷惑がられてた。そんなある日、新任局長が、おみおくり係、をムダと決めつけ、廃止を決定した。身寄りなく他界した老人・カブラギ(宇崎竜童)のフォローが最後の仕事となった牧本は、身寄りを探すため、カブラギの遺した携帯や写真などから、彼の友人や知人を訪ね歩き、やがてカブラギの娘・塔子(満島ひかり)にたどり着いた。カブラギの人生を追っかけていくうちに、牧本も新たな気持ちで次への挑戦をしようとするが・・・てな話。
役所の住民サービスはどこまですべきか、難しいところだが、牧本のような人がいたら良かったという事もあるんだな、って感じた。
阿部サダヲがイライラするほど察しの悪い牧本を好演してた。
満島ひかり、宮沢りえ、片山友紀、も良かったし、松下洸平、國村隼、宇崎竜童、など出演者が良かった。
最後は牧本が不憫だった。いつも横断歩道を渡る時は注意深く左右確認していたのに・・・
人生って何なんだろう、と考えさせられる、余韻のある作品だった。
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