戦場記者のレビュー・感想・評価
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戦場と言うより“戦災地”だが、ウクライナの戦禍を映画で示したスピード感は称えられるべき
ロシアがウクライナへの攻撃と侵攻を開始したのが2022年2月24日。TBSテレビの中東支局長である須賀川拓氏がウクライナで爆撃を受けている町やチョルノービリ原発を取材し、他のパレスチナやアフガニスタンでの取材映像も合わせ、自ら監督としてドキュメンタリー映画を完成させ同じ年の12月に劇場公開した、このスピード感たるや。もちろん須賀川監督だけの力量だけでなく、製作に関わった大勢の尽力によるものだろうが、なんにせよウクライナ侵攻を扱った劇場向けドキュメンタリー映画としては他国を見渡しても最速の部類に入るのではないか。
“戦場記者”と聞いて、鑑賞前は銃弾や砲弾の飛び交う最前線で取材を敢行するジャーナリストをイメージしたが、須賀川氏はどちらかと言えば戦禍に巻き込まれた町の人々の現実を伝えることに力点を置いている印象を受けた。もちろん命懸けの取材であることに変わりはなく、空襲警報を聞いて他の取材者たちと一緒に大急ぎで防空壕に駆け込む場面なども収められている。タリバンが支配を取り戻したアフガニスタンで、貧困とドラッグ禍が深刻化している現状を映し出した映像も衝撃的だ。
戦闘に巻き込まれたり人質に取られたりといったリスクと背中合わせの取材がこの先も続くのだろうが、須賀川氏には今後もどうか身の安全に十分留意しつつ意義のある報道を続けていっていただきたい。
仕事熱心な記者だけど、残念ながら偽善に見えちゃうかなぁ。
なぜイスラエルはガザを攻撃するのか?
ハマスがいるから。
しかし、最初からハマスなんかいない。若しくは全員ハマスなのだ。
それが、この映画見て分かった。
では、なぜハマスはイスラエルを攻撃するのか?イスラエルが『2030年までに、原子力発電所を電力の主流にしたい』とフランス政府の後押しで言い始めたから。それが一つの動機になっている。
ウクライナ対ロシアの戦いも全く同じ。エネルギー問題に波及するのは、結局、チェルノブイリの問題に行き着く。だから、ロシアは平然とウクライナを攻める。ロシアは何も知らずにチェルノブイリに塹壕を掘っているわけでは無い。石棺の周りで0マイクロシーベルトは絶対に無い。最低でも2マイクロシーベルトとか言っているわけだから。
冷静に考えれば、原発が被弾すれば、争いは終わっても中東も終わってしまうと思うが。それを伝えてもらいたいね。
どうしたら良いか?
簡単に言えば、戦争の悲惨さ“だけ”を伝えるんじゃ無くて、『戦争の狂気』を伝えなけりゃ駄目だと思う。
究極的な言い方になるが、彼らは戦争を伝える事を生業にしているわけで、彼はそれを自己憐憫の如く最後に話している。真実を伝える事に力をそそいで貰いたい。但し、自分の命は大切に、この地で命を落とす事は、犬死になる。
地獄からの使者
TBSテレビの中東支局長、須賀川拓氏の取材を追ったドキュメンタリー、主にガザ地区、ウクライナ、アフガニスタンと今まさに世界に注目される紛争地域を訪れている。
戦場カメラマンなら紛争の地獄絵を切り取るだけだが記者となると、被害にあった市民ばかりか紛争当事者への突撃インタビューなどを行っており、民放テレビ局にこんな人が存在していることに驚き、畏敬の念を禁じ得ない。
防弾チョッキ着用でサバイバルキット携帯だが、そこはサラリーマンなので危険地域、最前線での取材は会社から禁じられているようだ、ご本人は使命感などという高尚な言葉は使わず、民間人が犠牲になる理不尽な地獄を目にしてもむしろ報道するだけの無力感に侵されているようだ、テレビだけでなくYouTubeでの発信も行っておりネットではコメントが寄せられるので励みになると語っていた。
偽善の域を越える展望が感じられない
ロシアがシリアで試したことをウクライナ侵攻に振り向けたという視点は貴重に感じたが、初期の攻撃結果しか出ていないので、今となっては古びた感じを受ける。確かに、取材することを生業としている須賀川記者自身の偽善を問い直す姿勢は貴重かもしれない。多くは脚色であろうけれども、映画『クレッシェンド』に集った若者たちは、互いに自分とは違う見解と向き合う機会を得ることができ、相互理解につながる可能性もみせてくれたが、須賀川記者の取材では、それぞれの主張の矛盾は指摘するものの、結論としては、当事者同士の解決に見切りをつけており、展望が感じられない。アフガニスタンでの閣僚取材において、西側諸国の女性の権利保障への批判を偽善だと媚びるような言い方をする必要があったのだろうか。その閣僚の言い分では、西側諸国の統治による悪弊の結果だというわけで、その前がどうだったのか検証されているわけではない。須賀川記者の言うような薬物依存症者への治療という人道支援をしようとしたときに、タリバン政権がその方向で動いてくれることを期待するのは難しいように思える。故中村哲氏の名誉回復が行われているようなので、ペシャワール会の活動成果も含めてアフガニスタン支援の展望を探ってもらいたいと考えた。
戦場にも我が家がある
102分の上映で感じたこと。それは、フィクションでも、フェイクでもないありのままのドキュメントであること。そして、"戦場"という中でも当たり前に人々の生活が営まれていること。
そんなリアルを、張り裂けそうな想いを須賀川さんが届ける重要性、存在意義。
私も、須賀川さんも家族がいて、守るべき人がいて。それは戦場でも決して例外ではなくて。時に温かみのある家庭、団欒の風景が目の前に映し出される。でも、突然その時が止まる現実。一体、戦争で被害を受けるのは誰なのか、何故彼らが被害を。医者の言葉とは。
凝縮されたニュースでは映し出されない惨劇の一部始終が須賀川さんの嘘偽りのないレポートから見えてきました。直接的には誰かを助けているわけではない。偽善者なのか。仕事、お金のためなのか。それがこうした真相に目を背けるある種の自分の中の言い訳なのかと。
誰だって幸せでありたいし、悲しみを抱えたくない。ニュースでは戦場レポートよりも、エンタメを。映画では戦争よりもコメディを。そのマインドがこの102分間で覆りました。何かを知る威力って凄いです。
須賀川さんの戦場記者としての正直な気持ち、自身の家族への想いや愛にも感銘を受けました。だからこそ、間接的でも自分もゆくゆくは直接的に誰かを助けることのできる人や力、資金を動かすことができるような歯車へとなれるように。その想いに溢れています。
テレビ、メディアへの関心も改めて考え直すようになりました。自分も近頃はYouTubeばかり。テレビのポテンシャルや底力を知った今、凝縮されたニュースを、ドキュメントを観てみたい気持ちになっています。大手メディアだからこそできる何かを。信憑性を。
そんな期待をTBSDOCSを通じて抱けたことに感謝。
人生クライマー、戦場記者。普段の映画体験とは一味も二味も違う確かな味わいがそこにはありました。多様な時代、変貌を遂げる今の情勢に寄り添い、立ち向かう作品たち。ぜひ、来年公開の日の丸も体感したいです。
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