「タイトルの通りに、全ての記憶が失われたとき、主人公のふたりが生きた証に涙が止まりませんでした。」今夜、世界からこの恋が消えても 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
タイトルの通りに、全ての記憶が失われたとき、主人公のふたりが生きた証に涙が止まりませんでした。
この手の作品を描かせば、当代随一の三木孝浩監督と、脚本が『君の膵臓をたべたい』などの月川翔監督が組んで青春映画の金字塔を打ち立てました。大袈裟ではなく、本当に大感激したのです。三木監督作品の最近作はちょっとイマイチが続いていただけに、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』以来の切なさ満点の王道が戻ってきたというのが率直な感想です。タイトルの通りに、全ての記憶が失われたとき、主人公のふたりが生きた証に涙が止まりませんでした。
物語は交通事故で、眠ると記憶を失ってしまう「前向性健忘」を患っていた日野真織(福本莉子)の健忘性の症状が緩和されて、壁一面に張っていた記憶メモを片付けはじめるところからはじまります。すると机と壁の間から一冊の古い記憶ノートが出てきます。ノートには「神谷透を別れないで」のメッセージと、男の子のスケッチが何枚も描かれていました。なんとなく見覚えのあるこの男の子は誰だったのか突き詰めようと、親友の綿矢泉(古川琴音)を呼びつけます。ノートを見た泉は、突然泣き出すのでした。
このプロローグの段階では、真織に恋人らしき存在もなく、男の子の正体もはっきりしません。少しでもあらすじを知っているものには、あれれ?と思わせ、本筋へ引き込む、大きな伏線となりました。
そしてお話しは、恋が始まる高校時代へ。クラスでのいじめを止めるため、真織に嘘の告白をする。
神谷透(道枝駿佑)は、真織に突然付き合ってくださいと告白します。それは嘘の告白でした。前の席の下川がいじめのターゲットにされており、透が止めさせようとすると、その首謀者である三枝から、「今日中に一組の日野真織に告白してくれば止めてやる」と言われたからなのです。
真織は嘘の告白と分かりながらも透にOKの返事をします。但し「放課後までお互い話しかけない」「連絡のやり取りは簡潔にする」「本気で好きにならない」という3つのルールを守ることを条件にしたのでした。
ふたりは付き合い始め、お互いに一緒に過ごす時間をとても幸せに思い、惹かれ合っていきます。透は恋を嘘に出来なくなり、真織に「好きになってもいいかな」と尋ねる。しかし、真織は迷いながらも「前向性健忘っていってね。夜眠ると忘れちゃうの。一日にあったこと、全部」と自分の病気のことを打ち明けます。
新しい記憶が蓄積できず、寝ると毎日記憶がリセットされる真織は手帳や日記にその日一日の出来事を書き留め、翌朝に復習することで記憶をつなぎとめていたのです。透は、そんな彼女の日記を楽しいことで埋めたい、前向きに生きられるようにと献身的に向き合っていくのでした。明日が来ることを恐れながら生きる彼女と、一日限りの恋を積み重ねていく日々。
ただ透は真織に伝えていないことがひとつだけありました。そのことが発源したとき、この恋に突然のピリオドが打たれます。そして真織の記憶は断絶されて透の存在はなかったことに。
後半のプロローグで描かれる現在へと至るネタバレ展開は、ストーリーに感情移入しすぎて、号泣必至です(:_;)
それにしても三木監督は作品のミューズとなるヒロインを魅力的に描きだします。本作でも新しい東宝のシンデレラとなった福本莉子のいろんな表情を引っ張り出しました。デートの時の恋する表情と、毎朝記憶がリセットされたときの表情の落差は、まるで別人かと思えるくらいでした。これが映画初主演とは思えないほどのさりげない演技を見せたなにわ男子・道枝駿佑。役柄から優しさが滲み出ていました。どんなに尽くしても翌日には忘れられてしまう一日限りの恋。それでも毎日毎日真織に喜びを与え続けようとするには、見返りを求めないホンモノの愛が必要となります。それを苦もなく演じられるのは、道枝が地でいいヤツなんだろうと思いました。
さらに本作のキーマンとなる存在が、真織の記憶の穴を埋めて、透と真織の恋をつなぎ止めていた泉の存在です。なぜ全ての記憶が失われ、ふたりの恋にピリオドが打たれてしまったのか、その全ての真実をしり、ずっと沈黙を守り続けてきた泉は、どんなに辛かったことでしょうか。そんな複雑な役柄を古川琴音が好演していました。
最後に本作のポイントは「手続き記憶」の存在です。
人の名前や昨日の朝食の内容は忘れてしまうことがあっても、自転車の乗り方は忘れませんよね?それは、記憶の種類がちがうからなのです。
手続き記憶というのは、たとえばピアノの演奏や自転車の乗り方、スキーの技術、けん玉のコツなど、からだで覚えた「動作や技能の記憶」。大脳基底核と小脳をつかうため、記憶障害になっても失われにくいと考えられます。
透から手続き記憶で才能というのは忘れないものだと励まされた真織はやがて美大受験を決意します。手続き記憶が真織にとって希望となっていくのでした。そして失われた恋の記憶も反復していくことで手続き記憶となり、潜在意識下に蓄積していくものではないかと思わしめるストーリーでした。やはり愛というものは不滅なんですね。
消えていく記憶の一つとして、過去世の記憶があります。おぎゃあと生まれた時、何のために生まれてきたのかという大切な記憶すら吹っ飛んでしまいます。でも誰かから愛された記憶というものは、ずっとずっと永遠に潜在意識下で残っていくものなのかもしれません。