「馴染んだ服が窮屈になる時」人生の着替えかた iroiroさんの映画レビュー(感想・評価)
馴染んだ服が窮屈になる時
「人はいつからでも 人生を新しくすることが事が出来る。」というキャッチコピー、最初は“変わろうと思えばだれでもいつだって現状を変えられる”的ポジティブなメッセージかな?と思っていた。が、鑑賞後は印象がちょっと変わった。
作中の主人公たちは、着替えざるをえない状況に対面する。これまでの人生が窮屈に感じられて、着慣れた服を脱がなくちゃいけないタイミング。それは望む・望まざるにかかわらず、何だったら突然やってくることも多い。そんな成長や変化の瞬間を切り取っていると感じた。
3作品の主人公を演じる秋沢健太朗さんは同じ人間だけど、全員違うキャラクター。俳優が役を着替えるように演じ分ける、これも着替えかなと思う。
舞台を中心に活躍している秋沢さんが、映像ではどんな演技なんだろうと興味をもったのが鑑賞のきっかけ。
1作目『MISSING』に浸る間もなく始まる2作目『ミスりんご』に、ちょっとまってくれ~!と気持ちの切り替えが難しかった。が、順番はこれがベストだった気がする。特定の俳優を観たいという動機ではあったが、どの作品もしっかり独立して異なる味の短編×3本立てオムニバスで、良い映画を観た…と満足感が高かった。
全体を通しての印象は、どの作品も誠実な作りだということ。目新しさや斬新さを打ち出しているわけではないけれど、ストレートで丁寧な作品ゆえの強度がある。
個人的にはストーリーも秋沢さんの役柄も、3作目『お茶をつぐ』が一番好きだ。在りし日の父親の接客を見つめる目、感情が溢れる手話と表情など、映像ならではのクローズアップされた演技の繊細さに見入ってしまった。映像でも映える役者さんなんだなあと新たな発見があり、もっと映像作品でも観てみたくなった。
『MISSING』の兄役中村優一さん、『ミスりんご』の相棒反橋宗一郎さん、『お茶をつぐ』ではライバル的ポジションかと思いきや…の木村達成さん、という主役と物語を支える助演俳優たちの演技もまた魅力的。主人公を巻き込んで、影を落とす・つるむ・対立する…など男同士の様々な関係性を見るのが楽しかった。
若手俳優も良いけど、ベテラン勢の存在感も大きい。『ミスりんご』では大谷亮介さんがオレオレ詐欺に遭ってしまうお父さん役で、コミカルな演技に何度も笑わされた。「今どき性別なんて関係ねえ」のセリフは先進的だとも思う。(でも無理矢理チューを迫るのはだめです)
そして『お茶をつぐ』のお父さん役篠田三郎さんの穏やかな佇まい。出番がそう多いわけではないけれど、うまくコミュニケーションを取れないものの息子のことを思っている優しさ滲む演技が、とても素敵だった。茶師になる前の貞二とのやりとりも良い。不器用にひとつの手話だけは覚えていて、貞二から雷太へ伝言でその思いが伝わる展開に涙を誘われた。
以下、各作品について感想です。
<MISSING>
現実でも作中のような加害者家族へのバッシング、就職差別があることは知識としてうっすら知っている。そんなうっすらした手持ちの知識で観ても、混乱と悲しみでつらい気持ちになった。
優しさの示し方が不器用な兄と、兄のせいですべてうまくいかないと思っている弟。その二人がほんの短い時間抱き合って泣くシーンがまたつらい。が、ここが良かった。
めでたしめでたしの終わり方では全くないものの、ラストでドア前に立つ恋人の姿に、フィクションだからこそ描ける優しさを感じてほっと息をつけた。
もどかしさ、諦め、怒りの感情で波立っているのに表に噴出しない、秋沢さんの抑えた演技が良い。またそれが爆発して露わになったときの演技も。
<ミスりんご>
コメディとわかっていても、オレオレ詐欺をはたらく導入部はちょっと緊張する。クライム要素とコメディのバランスがちょうどよくて、純くんこと小坂涼太郎さんの危うい存在からも目が離せない。純くん、一体何なんだ。
フフフと笑ってしまう箇所がいくつもちりばめられていて楽しい。ミスりんごコンテストステージでの二人の自己紹介とか、「おめえ、死んだうちの母ちゃんにそっくりだ」(味噌汁噴出)とか、「あんた、小沢健二だよね?」「…大沢健二だよ」のやりとりとか(オザケンの歌が一瞬脳裏をよぎる)、中華そば屋のエキストラのおじさんの反応などなどおもしろくてツボだった。
そして何よりミスりんごに選ばれてしまった主演二人の女装姿、現実感があって絶妙にかわいい。ミチコ&メアリーのドタバタかげんは、見ているとなんだか元気が出る。
<お茶をつぐ>
個性的な魅力のある秋沢さんの声が、ここではほぼ喋らない役で封印されている。しかしある意味その縛りを個性に変えて、雷太という青年が存在していた。
父親の真意を間接的に聞くシーンの、涙をたたえた目の美しさ。形の良さだとか形状的な美しさだけじゃなく、視線に思いがこもっていてとてもきれいだった。
撮影時期やロケーションの違いもあると思うが、『MISSING』の透のやつれた暗い雰囲気と対照的に、雷太には健康的で大事にされてきた青年の雰囲気があり、別人に見える役作りってすごいな…と素朴に感動する。
雷太も貞二も父親耕三もそれぞれずっと抱えてきたものがあって、それが明かされて変化していくきっかけになるお茶の“合組”バトルの構成が良い。“生一本”、“合組”というお茶用語を人間とその関係に絡めるのは、うっかりするとメロドラマ的にもなりそうなところを、うまく回避していたと思う。少しベタではあるけどおしつけがましさがなく、心地よく作品の世界に浸ることができた。
好評につき、アップリンク吉祥寺で4/29からアンコール上映が始まるとのこと。また映画館でゆっくり観たい。