「人の二面性に戦慄し、“白い巨塔”の保身に憤りし、差し伸べられた友の手に救いを…」グッド・ナース 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
人の二面性に戦慄し、“白い巨塔”の保身に憤りし、差し伸べられた友の手に救いを…
2020年の邦サスペンス『ドクター・デスの遺産』のモチーフになった、130人の末期癌患者を安楽死させた米医師。
日本でも“黒い看護婦”と呼ばれた看護婦たちによる保険金殺人や点滴中毒死殺人など多々。
その系統に入る医療×殺人サスペンス。
16年間で推定400人の患者を殺した米看護士。
戦慄の実話に基づく。
2003年。ニュージャージー州のパークフィールド病院。
そこで夜勤の看護士として働くエイミー。
患者からの信頼厚いが、激務に連日疲労。
幼い娘二人を抱えるシングルマザー。
さらに心臓に命を脅かす病を抱える身。
体力的にも精神的にも限界であった。
そんな時、チャーリーという経験豊富な男性看護士が赴任してくる。
仕事も手慣れ、患者にも親切丁寧に対応。
別居している妻との間に幼い二人の娘。
真面目で穏やか優しい性格。
エイミーは自分の病気の事も打ち明け、仕事面でもプライベート面でも支えてくれるように。
親友として欠けがえのない存在になる。
突然病院で、患者の急変死が続く。しかもそれは、医療で故意に殺されたような不審死の可能性が…。
実話が基で概要も知っているので、犯人は明確。
チャーリー。
警察も看護士の経歴を調べ、チャーリーの過去に不審な点があった事から、早々と彼をマーク。
なので、犯人は誰か?…というミステリーではない。
エイミーの視点でチャーリーへの疑心暗鬼、チャーリーを通して人の二面性を描く、心理サスペンス。
警察からチャーリーについて聞かれ、疑われていると知らされても、チャーリーを信じるエイミー。それほど彼を信頼していた。
仕事以外でも会うようになり、エイミーの娘たちも彼に懐いていた。
ちなみにエイミーとチャーリーの間に恋愛関係はナシ。あくまで親友で相棒という関係性。
真面目で優しい“グッド・ナース”の彼が患者の命を奪うなんて絶対にあり得ない。
そう信じていた。
が…
患者の不審死はインスリンの過剰投与。
エイミーはチャーリーがそれら医薬品や提供機器“ピクシス”を使っているのを知っている。
さらに投与の袋に注射針で刺したような穴が…。
不審死はチャーリーが来てから起きるようになった。
チャーリーは病院を転々。そのいずれでも、チャーリー在籍時に患者の不審死が…。
彼が、殺したのか…?
信頼が疑念へ。疑念が恐怖へ。
その複雑な心情の変化を、ジェシカ・チャスティンがさすがの名演。
『ゼロ・ダーク・サーティ』『女神の見えざる手』『モリーズ・ゲーム』などパワフル熱演のイメージが強いが、恐怖に怯える不安定演技も絶品。
『博士と彼女のセオリー』や『ファンタスティック・ビースト』などで善良役が定着しているエディ・レッドメイン。
『ジュピター』で悪役も演じているが、間違いなく彼の演じてきた中で、最も怖く不気味な役。
残忍であったり暴力的な役ではない。物静か抑えた演技。それがまた恐怖心を煽る。
ある時エイミーが倒れ、目を覚ますとベッドの横に、チャーリー。仕事から帰宅すると、娘二人と共にいるチャーリー。
この時すでにエイミーはチャーリーに疑念と恐怖を抱いていた事もあり、まるでホラー映画のような怖さ。
物静かだったチャーリーが取調室で「出来ない!出来ない!出来ない!出来ない!…」と豹変したように大声連呼。
対峙した時、普段と変わらぬ様子から一瞬、別人のような雰囲気が垣間見え…。
善人と病的のような心の闇を、圧巻の巧演。
本当にエディを怖く不気味に感じる。
監督はトマス・ヴィンターベア監督作で共同脚本を手掛け、自身も監督として活躍しているデンマーク人のトビアス・リンホルム。
作品雰囲気もハリウッド・サスペンスというより、ダークな北欧サスペンス。
ハラハラドキドキのエンタメ性は薄い。
淡々と静かな演出だが、じっくりヒリヒリと、登場人物の内面と展開の緊迫感を煽っていく。
よくある手に汗握るタイプのサスペンスとは違う、身体が硬直するようなタイプのサスペンス。
チャーリーを自白させ、逮捕。
警察に協力する事になったエイミー。
チャーリーから自白を引き出す、エイミーとチャーリーの対峙が終盤の見せ場。
二大オスカー俳優の見応えたっぷりの演技バトルでもある。
そのシチュエーション下での対峙は二度。
最初の対峙では緊張の余り誘導先走ってしまい、失敗。
が、二度目の対峙では、友と友として向き合う。
彼は私を救ってくれた。それは紛れもない事実。
今度は私が彼を救う番。彼を蝕む心の闇から…。
遂にチャーリーは自白する。
が、動機については語らない。動機は今も不明だそうだ。
ペンシルベニア州の刑務所に現在も服役中で、裁判で終身刑を18回言い渡され、仮釈放は2403年まで無いという。
それほどの極刑。チャーリーが自白したのは40人ほどらしいが、実際は推定400人以上にも上るという。
それが本当なら、単独犯としては史上最多数のシリアルキラー。
何故、彼はこんな事を…?
Wikipediaで調べてみたら、チャーリーの生い立ちは暗い。両親との早い死別、いじめ、妻との不和、元同僚へのストーカー行為、犬を毒殺疑惑…。
ここに彼を歪めた原因があるのか…?
彼の生い立ちは同情する点もある。
が、異常行動には恐ろしさを感じる。
劇中でも、最初は善人に見える。
が、徐々に不気味に見えてくる。
底知れぬ人の二面性に、ゾッとする。
前述の通り、犯行動機は不明。
が、犯行を続けた理由は明かした。
「誰も止めてくれなかった」
チャーリーが転々としてきた病院で、やはり同様にチャーリーに疑いを感じながらも、世間への体裁を考え、病院は疑惑を隠蔽。追求しなかった。
パークフィールド病院でも。警察の捜査に非協力的。事件報告も数週間過ぎてから。遺体も火葬済みで検死のしようが無い。医療記録もほんの一部だけ提出。不条理な理由で即刻解雇。…
当院在籍の看護士が患者を死に至らしめたなんて周囲に知られたら、当院の信用性が…。
“白い巨塔”の保身は古今東西。
そんな中でエイミーだけチャーリーの罪を見て見ぬフリせず、彼を救おうとした。
チャーリーが犯行動機を明かす日はやって来るのか…?
その時こそチャーリーが自身を蝕む心の闇から解放され、真に罪を認め、被害者とその遺族も悲しみの一部が晴れるだろう。