「カンバーバッチの名演と大正義・猫」ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
カンバーバッチの名演と大正義・猫
初めて見たルイス・ウェインの作品は、心の病の進行を示すネットミームのようになった例の8枚の絵だ。「フェイマス・シリーズ」と呼ばれるこの絵は、実は時系列で描かれた証拠がないことから、画風の変化の理由については別の説もあるらしい。
ただ、売れっ子画家だった彼が精神のバランスを崩していったことは事実であり、他に彼を詳しく知らなかった私は、ただ漠然と悲劇的な印象だけを持っていた。
今回、悲しいだけでなくあたたかく美しい愛情の物語で彼の印象を上書きしてもらい、有名なあの絵のこともようやく正しく理解できた気がする。
正直、猫とカンバーバッチしか勝たん!くらいのノリで観にいったのだが、期待を超える感動があった。
頭がよくて繊細であるがゆえに、当時としては変わり者と見られていたであろうルイス。家庭環境はなかなかシビア。家庭教師のエミリーとの交際は、身分の違いを理由に周囲から白い目で見られ、家族からは猛反対される。今なら天才肌の画家と教職の知的な妻なんてむしろかっこいい部類だ。時代の違いは恐ろしい。
反対を振り切って結ばれた二人だが、数年後にエミリーを病魔が襲う。新婚時代の場面が短いながら多幸感にあふれていただけに、余計にこの展開がつらい。その頃に飼い始めた猫のピーターが、病の悲しみを抱えた二人を癒してゆく。当時、愛玩動物としては一般的ではなかった猫に魅力を見出し、親しみを感じさせる絵を生み出していったルイスの感覚の純粋さ、新しさに感じ入る。
ルイスはもともと猫好きだったわけではないようだが、エミリーの笑顔を見たい思いからあれだけ猫を描き、やがて自身も猫に魅入られていったのではないだろうか。
エミリー亡き後はルイスに不幸が続き、見ていてしんどかった。猫の言葉に字幕が付く場面、あれは彼が精神に異常をきたし始めた兆しとしての表現なのだろう。猫もその言葉もかわいいのに、うっすら怖さを感じた。
彼が精神のバランスを崩しつつ年老いてゆくさまを体現したカンバーバッチの演技は見事としか言いようがない。映像は結構駆け足だったが、見ていて置いていかれることがなかった。その才能に不釣り合いな、胸が苦しくなるほど不遇な後半生だったが、エミリーがスケッチブックにしのばせた愛情に、観客の私もどうにか救われた。
ピーターラビットを生んだビアトリクス・ポターのことが思い浮かんだ。彼女は39歳にしてプロポーズを受けた相手を身分の違いから家族に猛反対され、条件付きで了承を取り付けたものの、プロポーズの1ヶ月後に病で彼を失っている。
つらい経験が画家に電気のようなイマジネーションをもたらすのだろうか? 凡人の私には分からないが、そのつらさが切実であるほど、彼らはそれに見合う癒しの力を絵に求めて筆を走らせるのかもしれない。
妹のキャロラインが顔を下から蝋燭で照らしてすごんで(?)くる場面や、1999年の猫の妄想など、くすっと笑える場面も点在する。イギリスの風景や当時の風俗が美しい。4:3の画角のレトロ感も奏功して、全体的な雰囲気がルイスの絵のほっこり感とどこか地続きになっている気がした。