「75歳なんて、あっという間なのだ」PLAN 75 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
75歳なんて、あっという間なのだ
角谷ミチの担当者である成宮瑶子の頭の中で不協和音が鳴り響く。成宮の横ではコールセンターの新人がレクチャーを受けている。プラン75に申し込んだ老人の気が変わらないように、うまく誘導するのがあなたがたの仕事ですよと。
自分も同じレクチャーを受けた。そして着実に給料を得るために、言われるがままに頑張ってきた。しかし本当にそれでよかったのだろうか。
成宮は仕事を上手くやった。角谷ミチは心変わりすることなく、無事に最終日の連絡を終えることができた。単なるコールセンターの従業員に過ぎない自分を「先生」などと呼んでくれた。最後までしっかりとしたいい人だった。どうしてあんなにいい人が死ななければならないのか。
申込者の受付をしている岡部も同じように疑問を抱く。この政策は本当にいい政策なのか。生命よりも経済を優先することが、人間にとっていいことなのか。
河合優実も磯村勇斗もいい演技をしていた。そして角谷ミチを演じた主演の倍賞千恵子は、淡々と枯れた演技で、声を上げることのできない老人の辛さと悲哀を切々と伝えていた。見事である。
PLAN75は、ひと言で言えば貧乏老人切り捨て政策である。裕福な政治家には貧乏老人の窮状など理解できないから、平気でこういう非人道的な法律を作る。庶民は強権に逆らうことをしない。逆らっても無駄だと思っている。逆らう人間を馬鹿だという人もいる。そして強圧的な政治家に投票する。ドストエフスキーの言う通り、人間は苦痛と恐怖を愛しているのだろうか。
中にはこの政治は間違っていると声を上げる人もいるが、サイレントマジョリティは現状維持を望んでいる。選挙ではそういう投票行動をとる。そうして裕福で独裁的で好戦的な政治家がのさばる。庶民はひたすら苦しみに耐える。75歳で死ななければならないとお上が決めたのなら、それに従うしかないと諦める。自分の投票行動が自分を苦しめていることに気づかない。
角谷ミチの苦しみは日本人の苦しみを代表しているようだ。歳をとっても共同体は何も助けてくれず、民間は老人を相手にしてくれない。PLAN75でなくても、もう死ぬ以外の選択肢はない。人生なんてそんなものだ。これまで自分の力で生きてきた。いまさら生活保護など受けたくない。生活保護の担当者は老人を人間扱いしてくれない。角谷ミチがこれまで選挙でどの党に投票してきたのかは不明だが、政治が彼女を助けてくれないのは明らかだ。彼女が長い間納めてきた税金は、いったい何のために使われるのだろうか。
若い人には他人事のような映画かもしれない。しかし若い人も、子供の頃から今までがあっという間だったことを考えてみるがいい。75歳なんて、あっという間なのだ。