去年マリエンバートでのレビュー・感想・評価
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“計算された迷宮”に混沌と迷い込む
1人の男の繰り返されるセリフを聴きながら、華麗に装飾された天井の、延々と続く長い廊下を進むカメラ。この冒頭シーンで、レネ監督は我々を幻想の世界へ誘う。綿密に計算して構成された物語をバラバラにして再構築した本作は、黒澤明の『羅生門』からイメージされた、3人の登場人物の“記憶”の違いを描くものだ。しかしレネ監督は、1つのストーリーの一人称をぼかし、我々を混乱に貶める。何が真実なのか?何が嘘なのか?しかしその真実も嘘も、いったい“何”に対してのものなのかさえ判らない。
ゴテゴテと装飾過多な暗い城(ホテル)の中と、幾何学的に整えられたシンメトリーの人工的な庭園の陽光、対比が鮮やかな美しい映像。その城に集まる人々はまるで彫像のようだ。「去年、マリエンバートでお会いしましたね」執拗にヒロインに思い出話を聞かせる男は、本当にヒロインがかつて愛した男なのか、卑劣な詐欺師か、それとも単なる勘違い男なのか?
覚えていない男の愛の言葉を聞くうちに何が本当か嘘か見分けのつかなくなるヒロインも、果たして本当に貞淑な妻なのか、不倫に燃える情熱家なのか、それとも男を手玉に取る悪女なのか?
“計算された迷宮”に迷い込む登場人物と、それを観ながら“混沌とした迷宮”に迷い込む私。おびえた鳥のように大きな瞳を見開き肩を縮ませるヒロインの表情が眩惑的で、ますます虚実の判断がつかなくなる。
そんな中で、泰然としている夫の存在が何やら不気味だ。いつも妻の愛人とゲームで勝つ彼は、針金のような容姿にもかかわらず、常に2人を上から見ている。「真実」を知っているのはこの夫だけなのかもしれない・・・。ではその「真実」はいったい何なのか?そもそもこの登場人物は存在しているのか?城に住み着く亡霊ではないのか?我々が迷い込んだのは、虚実の迷宮ではなく、この世とあの世の境ではないのか?だとしたら、この夫は黄泉の扉を開く番人なのではないだろうか?そう考えると本作に漂う寂寥感の意味が解る・・・ような気がする・・・。
いや、そんな“答え”などいらない。映画史上最も難解とされる本作においては、恐ろしいほど美しく詩的な迷宮に、ただただ身を任せばいいだけだ・・・。
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