「全体に漂うチープ感をスパイスと捉えるとするならば……悪くはないかも」きさらぎ駅 バフィーさんの映画レビュー(感想・評価)
全体に漂うチープ感をスパイスと捉えるとするならば……悪くはないかも
『真・鮫島事件』の惨劇が記憶に新しい永江二朗監督の最新作だが、前作の反省点は大きく活かされており、役者の演技は悪くはないし、物語としても割とまとまっているが、観る側である程度の忖度が必要となる映画であることは間違いない。
2004年に流行った……といっても、主にネット民の中でといった感じだが、都市伝説「きさらぎ駅」というものがある。これは簡単に言うと異世界に迷い込んでしまい、そこから抜け出すには、法則を理解し、攻略するしかない……。といういかにもネットで盛り上がりそうなものだ。
「きさらぎ駅」に迷い込んでしまった者の一人称視点で展開され、その人物が脱出に成功すると、新たに迷い込んだ別の人物の視点に切り替わり、それがループし続けるというもので、まさにゲームのような画作りである。
令和ということを忘れそうになるほどのチープなCGが、予算と技術の都合をひしひしと感じさせる一方で、もしかしたら……と思うこともあった。それは「きさらぎ駅」の中の時間は2004年で止まっていることで、あえて2004年前後のCGのチープ感を表現したのではないだろうか。ということ。たぶん違うだろうが…….しかし、そう考えると本作はたちまち味わい深いものとなるかもしれない。
90年代~2000年代にかけて、サウンドノベルシリーズから発展して、一人称のホラーゲームが出回り始めた。映画化もされた「サイレン」や「零」といったシリーズもこの頃に発売されたものだ。
一人称視点という点でもそうではあるが、主人公が誰を助け、誰を犠牲にして、どう行動するかの選択によって、展開が変化してくるというのは、まさにゲームそのものである。
映画館のスクリーンでレトロゲームをプレイしていると思うと、妙な懐かしさも感じてしまうし、チープなCGが絶妙なスパイスとして機能しているのだ。
チープさに気を取られてしまいがちではあるが、そんなチープさこそが、今作のスパイスだと、ある程度の忖度をすることによって、観ていられる作品となるということ