劇場公開日 2022年12月16日

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「Small, Slow But Steady」ケイコ 目を澄ませて TSさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5Small, Slow But Steady

2024年5月27日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

悲しい

難しい

幸せ

タイトルは、本作の英題。
私は、邦題よりも、こちらの方がこの映画の本質を捉えているように思える。

小さく、ゆっくりと、しかし着実に。ケイコは前に進む。そして、それはコロナ禍という異常事態であっても変わらず移ろいゆく「時の流れ」も同じ。

この作品は光と音の映画だった。
光。16mmフィルムは、解像度が低く、粗いようでいて、暗闇の中の街灯や電車の光を鮮明に、それでいてやさしく映し出す。

音。主人公ケイコ(岸井ゆきの)の台詞らしい台詞は、私の記憶が間違いなければ、「はい」という声とリングの上で相手に向かうときの咆哮だけだ。彼女を取り巻く人物達も決して雄弁ではない。
登場人物の台詞以上に雄弁なのは、都市の日常音、環境音である。中でも、何度も何度も出てくる電車の音。電車は、何かを遮るように突然現れ、音を残して去って行く。しゃべらないケイコのざわついた心情を代弁するかのように。

ケイコは耳が聞こえない。音が聞こえない。それなのに何故これほど日常の音を溢れかえらせるのか?三宅監督は、私たちがほとんど無意識に聞き流しているような音をあえて強調して聞かせることで、彼女のいる無音の世界を意識させようとしているのかもしれない。

ケイコは表情の変化にも乏しい。しかし、彼女は一人で戦っている。恐らく自分と戦っている。会長の妻(仙道敦子)が会長(三浦友和)のベッドの側で読む彼女の日記を聞いて、私の中でそれは確信に変わった。

そして彼女は敗れる。リングに倒れる。それを見た会長は、「よし!」と言って自ら車椅子を転がす。ケイコも走り始める。
終わってなんかいない。一歩一歩、着実に、前に進む。もう後ろには下がらない。前に進む。それは静かで、しかし力強いラストシーンだった。

三宅監督の力量に恐れ入った。
台詞無しでケイコという存在を演じきった岸井ゆきの。言葉少なくても味わい深い演技を見せた三浦友和。演じるとは何たるかを見せつけられた。私はノックアウトされた。

TS
CBさんのコメント
2024年5月28日

監督も岸井さん(ゆきの)ももちろんすごいが、それと同等にこのレビューは凄い! 少なくとも、俺はそう思います。そうだ、日常音の映画だったんだよな、と思い出しました。レビュータイトルがエンディングにつながっている点も含め、それこそもうひとつの映画を観ているようでした。ナイスレビュー、ありがとうございました!!

CB
Mさんのコメント
2024年5月28日

監督、すごいですね。

M
Uさんさんのコメント
2024年5月28日

共感を有り難うございます。
そうでした。発せられる言葉ではなくて、光と音の作品だったことに、おっしゃられて、改めて気づきました。それがケイコが「一人で戦っている」状況を表していたのですね。
「彼女を取り巻く人物たちも決して雄弁ではない」全く共感します。

Uさん