「一人の人間の揺れ、ただそれだけを描く覚悟」ケイコ 目を澄ませて ゆちこさんの映画レビュー(感想・評価)
一人の人間の揺れ、ただそれだけを描く覚悟
ケイコという一人の人間の感情に焦点があたる。そこにあるものをありのままに映し出す。誇張しない。感情を誘導されない。障がいを持つ人がプロボクサーになる成功を描いたドラマチックな作品ではない。その物語のピントの当て方に覚悟を感じる作品だった。
ケイコは耳が聞こえないし、しゃべらない。だけど岸井ゆきのが表現する目や手話だけで揺れを描くことが成立していた。
リズミカルな音がクセになる冒頭のミット打ち。数分見ていられる画があの音と動きでつくり出される。劇中音楽は流れない。ミットを打つ音、電車の音、ペンを走らせる音、際立つ環境音。フィルムの質感や画の切り取り方もよかった。
言葉を発しないケイコの感情を追いかけたくて、目を澄まして彼女の目を見てしまう。
周囲に「強い」と思われていることとは裏腹に、ケイコの繊細さを垣間見ているという時間でもあった。弟の交際相手の自分への無関心さに釈然としない、母の一言にひどく動揺する、ジムの危機には心ここにあらず。退こうにも会長のある姿を見てすぐに揺れてしまう。これらのシーンに感情の説明もなければ言葉もないはずなのに。
徐々に浮かび上がってくる会長(三浦友和)とケイコの関係性と、その描き方がすごく好きな作品だった。
心で繋がっているのだと、言葉がなくとも。
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