「縦と横」ケイコ 目を澄ませて かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)
縦と横
ショボクレ親父役がすっかり板についてきた最近の三浦友和が、なぜかデカプリオに見えてしょうがない。戦後すぐに親父から受け継いだボクシングジムを経営している、糖尿病の会長笹木を好演している。元世界チャンピオンの内藤大介に顔がクリソツの三宅唱監督、聾唖の女性ボクサーが主人公の小説『負けないで!』を読んで映画化を思い立ったらしいのだ。
16mmフィルムで撮影されたこの映画、ボクシングものであることは間違いないのだが、『あしたのジョー』のような汗臭さを不思議と感じないのである。聾唖ボクサーケイコ(岸井ゆきの)の内面にフォーカスを絞っているせいだろうか、ざらついた映像は、時にケイコの荒んだ気持ちを表現しているようにも見える。が、また別のシーンでは(デジタルとは一味違った)人の手の温もりを感じさせてくれるのである。
おんぼろのボクシングジムでケイコが縄跳びやミット打ちに励むシーンも、まるでダンスをしているかのようにリズミカルに撮られており、傍目にはとても楽しげに映るのである。しかし、聾唖というハンディキャップを背負っているケイコは、いつのまにか健常者との間に見えない壁をつくってしまっていて、それがある種の疎外感となって観客には伝わってくるのである。
主人公ケイコのそんな頑な気持ちを、三宅唱はお得意の“縦位置の構図”で表現している。荒川の土手から事務所へ降りる時の階段、線路下の河川敷でケイコが見つめる対岸の風景、勤務先のビジネスホテルでのシーツ替作業.....『きみの鳥はうたえる』では“ぬけ感”を強調していたその構図も、本作では登場人物の煮詰まり感や視野の狭さへと表現をシフトチェンジしている。
そんな時会長が脳梗塞で倒れジムをたたむことが決まってしまう。そして笹木ジム所属ボクサーとしての最後の試合のゴングが鳴り.....このままボクシングを続けるか、それともキッパリやめるべきか、思い悩むケイコだったが、その時思わぬ人物からひょこりと挨拶されるのである。弟の彼女やビジネスホテルの新入り、そして河川敷で自分に挨拶してきた◯◯◯◯.....
スマホに届いた写メの幅を指で広げたように、ボクシングを通じて、知らない間に“横のつながり”が増えていたことに気づいたケイコは決心するのである。このままボクシングを続けようと。それまでは縦位置の構図で切り取られていた同じ風景が、エンドロールでは横位置で映し出されるのである。それは、まるでワイド画面で撮ったように実に伸びやかにケイコの前に広がっているように見えるのであった。