劇場公開日 2022年12月16日

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「徹底された引き算の美学。 この映画には劇伴が一切ない。 氷を噛み砕...」ケイコ 目を澄ませて ゆきさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0徹底された引き算の美学。 この映画には劇伴が一切ない。 氷を噛み砕...

2022年12月18日
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知的

徹底された引き算の美学。

この映画には劇伴が一切ない。
氷を噛み砕くガリッという音、日記を書きつける時の紙の上をガリガリ走らせるペンの音、静寂を切り裂くようにバシッ、バシッと鳴り響くミットを打つ音、シューズでキュッ、キュッと床を踏み鳴らす音。生活音だけが静かに流れ、
受け手の、画面を眼差す感覚が研ぎ澄まされていく。

ここに至るまでの過程や背景、主人公がボクシングに賭ける想いなど、一切の説明はない。聾者が主人公だが、共感を求めるように主体的に主人公の中に入ろうともしないし、送り手は一定の距離をずっと保ったまま、見つめ続ける。例えば、主人公が聾者の友人らと手話で会話するシーンには一切の字幕がない。主人公の葛藤の理由もはっきり分からずに話は進んでいく。理解や共感を求めるような作りには一切なっておらず、むしろ、そういうものからは距離を置こうとしているようにすら映る。

また、強いコンフリクトや、ハンデがもたらす感動とかで変に煽ることもしない。スポ根モノとしてドラマティックな盛り上がりがあるわけでもない。ただただ、静かに登場人物たちを照射する映画である。全ては受け手の想像に委ねられている。

劇中、大変なことや精神的にしんどいことが継続的に起こる。その後挽回するかのように何か特別に幸せが訪れるわけでもない。日常は淡々と流れて行く。けれどその日常の中にハッとする美しい瞬間がある。淡々と描く中に、計算された確かな眼差しがある。

街に静寂だけが流れ、最低限の環境音楽だけで静かに奏でられるエンディングは鳥肌モノ。永遠に見ていたい。

色んなものを削ぎ落としているけど、知的で静かなパワーがある映画。もう少ししたら2回目の鑑賞に行こうと思う。

ゆき