ジェーンとシャルロット : 映画評論・批評
2023年8月1日更新
2023年8月4日よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネクイントほかにてロードショー
亡きジェーン・バーキンの最後の姿を収めた、娘から母への美しいラブレター
悲しい偶然とでも言うのか、7月16日に亡くなったジェーン・バーキンのドキュメンタリーが公開になる。メガホンを握ったのは実娘、シャルロット・ゲンズブールだ。もともと彼女が本作を撮ろうと思った動機が、「母に近づき、もっと理解したいと思った」からだという。
シャルロットの父セルジュ・ゲンズブールとのセンセーショナルなパートナーシップにより、70年代のフレンチカルチャーのアイコンとなり、別れた後も、歌手として女優として生涯キャリアを築き、異国フランスで国宝のように愛されてきたジェーン。だがシャルロットの眼差しを通した本作には、彼女にしか掬い取れないものが映し出されている。実際この驚くほど正直なドキュメンタリーは、こちらの期待をはるかに上回りながら、この親子の意外な関係を物語り、ふたりのあいだの誤解が解け、それまで以上に歩み寄る感動的な様子を記している。
冒頭は、ジェーンにとって特別な国だったという日本でのツアーから始まる。旅館で遠慮がちにシャルロットは質問を切り出す。「ふたりで向き合うと気まずさを感じる。ケイト(姉)やルー(妹)には感じないでしょう?」。予想外の問いかけに、「これでは撮影の先が思いやられる」とジェーンは不安を隠さない(この後、ジェーンがやめたいと言い出し、撮影は2年ストップしたという)。
だが2年後、ニューヨークやブルターニュの別荘で見せるジェーンの横顔は、以前より和らいでいる。ベッドにふたりで肩を並べて横たわりながら、老いについて、子育てについて語り合う。
別れた後、ジェーンが足を踏み入れていなかったゲンズブールの元自宅を、ふたりで訪れる。たばこの吸い殻までも当時のままに保存してある場所で、感傷的になるシャルロットを励ますのはジェーンのほうだ。
終盤、2013年に悲劇的な死を遂げたケイトが映ったホームムービーをふたりで観るくだりは、本作の白眉だろう。母親としての自分のあり方を悔いるジェーンに、「ママは悪くない」とシャルロットが声をかける。やがて「やはり(ビデオを)観ていられない」とジェーンが言い出すにいたっては、胸を突かれるような痛みが伝わってくる。
本作の根底にあるのは、優しさ、思いやり、そして相手を理解し、愛したいと思う気持ちに他ならない。映像の随所に感じられる、シャルロットの監督としての才覚も、そんな彼女の思いを切実に伝える。たとえば、浜辺を散歩するジェーンの後ろ姿を追った場面では、ふいにシャルロットがフレームに合流し、母を抱きしめる。ふたりの髪がからみつき、その佇まいはまるでひとつに融合したかのように見える。
ジェーン・バーキンの最後の姿を収め、これほどパーソナルで美しいラブレターを残してくれたシャルロット・ゲンズブールに、観客はきっと感謝したくなるに違いない。
(佐藤久理子)