ある夜、彼女は明け方を想うのレビュー・感想・評価
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胸が締め付けられる
「明け方の若者たち」という作品が主人公目線で語られる作品で、彼女はミステリアスに描かれていて、こちらの「ある夜、彼女は明け方を想う」は彼女目線で彼女の背景やどんな風に考えていたのかがわかるというか、まるで謎解きのような、無機質に思えた彼女もしっかりと苦しんでいたんだと言う事がわかり、切ない気持ちになります。私は、ズシーンと重い切なさを、かなり引き摺りました笑 みんなそれぞれの気持ちがあり、結論だけ見ると彼女ズルい!ってなるのですが、そこは創作であると言い聞かせて、俳優陣の演技力に身を委ねて鑑賞しましょう。
堪能
をを、こんなスピンオフ、あったんだ。
それも、黒島さん(結菜)視点で!
言いにくいが、黒島さんの演技は一人語りも含めて、
というか特に一人語りがかな、心のときめきや高揚とは遠くかけ離れたところにあるなあ、とあらためて思った。
「なんか妹ができたみたい」
「妹か…」
「…彼女のがいい?」
「…」
「あれ、違った?」
「違わないです、彼女のがいいです」
このくだり、情感出そうでしょ、いかにも。
これが、恐ろしく平坦なのよ、黒島さんがやると。相手役は若葉さん(竜也)だから、組合せになんら問題はないよね。
「内定もらって、そっちの方が楽しそうって思っただけだろう。そんなに真剣に考えてなかったじゃないか」
「自分のことしか考えてないんだろう」
そうなのかもしれない。全ての人が、結局は自分のことしか考えてない、というのはひとつの事実かもね。
夫に声をかけられた方法と同じ誘い方だったのか。
年下の彼は、離れている夫に依存しないために、心を安定して暮らす為に必要な存在だった。
これもひとり語りだが、酷いセリフが、黒島さんが言うと「そうかもな」となっちゃうので不思議なものだ。
ああだこうだと冷たく言ったので、レビュー評価は低いが、あらためて黒島さんを堪能できた至福の45分、俺には不満があるどころか、十二分な満足感だけに包まれていました。俺の満足感は4.5だよ。
おまけ1
人生にマジックアワーはある。
それは多くの場合、20代後半だ。
という点には、俺は、異論はない。
おまけ2
小野花梨は、頼りになる俳優だなあ。いまさら俺が言う必要もないが。「ハケンアニメ」に続いて感じた。
「一瞬の出会いで感じたこと」
名前のない登場人物たち。短編映画。ほぼ見たままで解釈しやすいが、タイトルに込められた意味こそが物語の真意であるならば、そこまでちゃんと理解するのは難しい。
これは、どこにでもいそうなひとりの女性の物語だ。
日本の特徴であるとんとん拍子。義務教育前から受験が始まり大学まで一気に進んだかと思いきや間髪入れずに就活・就職へと、まるで大量生産されるかのような社会。
その中でもゆとりのある生活を求め、留学や旅行、合コンなど様々なものがある。
主人公の「私」は、留学先のニューヨークで一人の男性と知り合う。
今まで男性との出会いがなかった彼女は、その男性のすべてが新鮮で、魅力的だった。
「恋とは盲目だというが、このままこの恋が続くなら二度と光などなくていい」
しかし意見の違いは出る。
この作品の面白さは、この物語が一人称で描かれているところだろう。すべてが「私」の視点だ。「私」が感じ、思い、行動して、後悔して、悩んで、答えを選択していく。
「私」は見た目は大人でも、まだまだ成長途中の少女だ。その少女に突き付けられる現実と、純粋さを消そうとしない純粋さに深く共感した。
夫との口論からの決断は、「私」に非がない訳ではないが、「私」も自由に生きたい。
しかし、出国カウンターに向かうエスカレーターで夫は、結婚指輪をむしり取るように取った。
話し合いではお互い折り合いをつけたはずだったが、その行為を見て夫との実質的な亀裂を確信した。
人の心は、コントロールできないのだ。
夫が転勤になって1か月後、無理やりお願いされた合コンで、「私」は気になった「年下の彼」にちょっかいを掛けた。そう「恋はひっそりと始まってしまった」のだ。
それは夫が「私」に初めて出会った時にしたことで、今となってはそれが「手」だということは「私」にもわかる。
その年下の彼と夫はまるで性格が違った。彼には「私」が結婚していることをなどを話していたが、彼と過ごす時間は楽しく、「刹那的な盛り上がり」を楽しんだ。
急遽夫が帰国することになる。
「私」は彼に「ごめんね。ちゃんと、すごく、好きだった」
夫には濡れないことを詫びた「ごめんなさい」
「もし、帰ってきて、私がいなかったらどうした?」
「なんだよ、今更…… 探してたかな…」
久しぶりに会う友人と飲んで、別れて、一人あの公園に行ってみた。
「6年も前のことを昨日のことのように覚えている」
夫に迎えに来てもらい、車の中で見た季節外れの花火。
いつか年下の彼と一緒に見に行こうと約束した花火。
花火を見ながら「私」は思う。
「彼に言った言葉は本当だ。私はあの夜、過ちであったとしても、確かな光を見つけてしまったんだ」
この「私」の言葉で作品が締めくくられる。
さて、難題だ。
タイトルだけが三人称で書かれている。
もしかしたらその言葉の持ち主は「年下の彼」なのではないだろうか?
久しぶりに友人と会い、そしてその友人が合コンで出会った「誰か」が話した「マジックアワー」とは、「私」と「年下の彼」との大切な時間のことだろう。
年下の彼は「その夜」、「私」を公園で見たとき、「私」が暗闇の中で迷っていて、誰かに助けてほしいと言っているようで、もし「年下の彼」が公園へ来なかったら、そのまま滑り台の上で夜明けを待ってしまうのではないかと思えたのではないだろうか?
年下の彼が感じた「私」という人物像。誰とも話してないように見えた合コン。なのに、見え見えの手段で気を引く素振り。明らかに「変」だ。
彼はその変なところに惹かれたのかもしれない。
一人称で「私」自身のことを描きつつ、年下の彼は今でも忘れることのできない人生で一つくらいしかないかもしれない魔法の時間をいつまでも大切にしている。
内容そのものは「私」の視点。でもその「私」をどこかで今でも想っている「年下の彼」によって書かれたタイトル。
そして、それは過ちだったのかもしれないが、二人が出会わなければ起きなかった物語。
本来の自分自身でいられた時間。
二人にとってかけがえのない時間。
これは、「私」の想い出を同じ視線で見てくれている「年下の彼」がくれたタイトルなのかもしれない。
良い言葉が見つからないが、心の奥に響く自然体としての「私」がよく描かれていたと思う。いい作品だと思う。
プロポーズする時に『別れの曲』が奏でなれた。なんと、稚拙な演出!
本音でこの映画をレビューすると、またまた、削除されてしまうので、少しで済ませる。この映画の良い所は、尺が短い事のみ。僕だったら、後、20分はカット出来ると思った。
言うまでも無いが、『エラ・フィッツジェラルド』の『ユー・アー・ザ・トップ』を知っていて、献身的装いで、帽子を拾いに行く姿で騙される。そんな稚拙な女性の顚末劇。こんな事やってるから、少子化な経済社会になってしまっている。正にこの映画はそれを言い当てているが、この演出家はそれを分かっていない。
共感出来る所が無い。登場する人物全てが稚拙で権威主義的な性格だと思う。
大学時代を良かったなんて言っているが、僕の経験では大学時代なんてつまらないモラトリアムな時間にしか思えない。若かっただけで、その時代に戻りたいとは思わないが。
何を想えばいいのか。
こういうのは「補足」とは言わない。
「蛇足」というのだ。
これは何を補完するスピンオフなのか。
これが昨今の行間を読めない視聴というやつか!?
本編の「明け方の~」も、
悪い意味で卑怯なシナリオだった。
それでも都会の、若者の、明け方の
空気感だけはとてもよく伝わった。
せめて今作もその空気感だけは
残してほしかった。
しかも、その保管する内容を映像や
空気感で表すのではなく、
ナレーションで説明するなんて…。
久しぶりに思った。
見なきゃよかったと。
【52点】迷い
若者が抱えた迷いがテーマ。
「明け方の若者たち」のスピンオフ。
彼女側の物語。
自分の人生を生きることは重要であるが、夫についていく話を直前で断り、偶然行くことになった飲み会で、不倫相手を作ることは、リアルだけどきついなぁと感じた。
やはり、他人は変えることができないし、状況は変化するのだなと思った。
ハッピーエンドにはなっているが、信頼される人になり、信頼できる人を選ぼうと決めた。
スピンオフ…?
本編のちょっと前から彼女視点でなぞり、そのまま本編と同じ時間軸で終了。
私は本編よりこちらの方が好きだ。
きっちりと話を締めて終わらせているから。
ただスピンオフってこういう意味ではないんじゃないか…??と思った。
本編の補足というか蛇足というか…。
でもラストの音楽も終わらせ方も好き。
こちらは彼女の視点
「明け方の若者たち」の答え合わせのようなショートムービー。
こちらは彼女の視点で描かれており、より現実味というか残酷な側面がありました。
そもそも住む世界が違っているので、最初からしょうがなかったと突きつけられているよう。
単体としてはあまりにもざっくり過ぎなので、必ず「明け方の若者たち」を観てからをおすすめします。
蛇足
完全に蛇足でした。
本編の前日譚と後日譚で構成されている黒島ちゃん視点の物語。
描かれている事は読者や視聴者が想像できる範囲を超えておらず、意外性もない。
わざわざスピンオフで描く必要があったのかしら…
まだ人生が浅い学生の自分には難しい作品
(原作未読、ネタバレなしレビュー)
本作品の前編「明け方の若者たち」を鑑賞の後、本作品を見ました。
学生の自分にはまだ早すぎる作品でした。とは言っても正直ただのビッチが浮気をした女の話にしか思えませんが…しかし、本編ではあまり語られていなかった彼女側の心情が理解できたよかったです。憶測でしかありませんでしたが、答え合わせができました。
自分は完全に若葉竜也さんと北村匠さんに同情してしまい、あまり今作の主人公である黒島結菜さんには共感できませんでした。
しかし、日本人の約5人に1人が浮気をしており、男女比でみると、男性の浮気率はおよそ26.9%。片や、女性の浮気率は16.3%である浮気大国日本でこのっ主人公と同じ境遇に置かれたことがある人は意外と多いのではないでしょうか。
刺さる人にはささる。映画だと思います。
60点
本作で描かれなかった一番重要なポイントの彼女が大学院生にも関わらず結婚していた事の背景について描かれた作品
結論、今作の空気と色味を考えるとその理由で良かったとも思えた。
正直若くして結婚してる理由としてまずあげるのが子供だと思っていたけど、今作は多少の苦味も描いてるけどそんな深くは描かず、全体としてマイルドな味付けなので、そのテイストだとただタイプの人が現れて追っかけてたって理由で良いかもね。
けどそれ故出来ちゃった結婚より、ある種よりクズ女っぽいかもね
【好きとはなんだろうか】
“好き”とはなんだろうか。
実は、周辺で“好き”を補完する言葉は枚挙にいとまがないが、このメインの感情を言葉で言い表すのは難しい。
きっと、様々な感情が複合的に合わさったもので、一人ひとりが違う定義を持っている。
だが、人は、自分の“好き”も相手の“好き”も同じじゃないかと考えがちだ。
だから、行き違いや感情のもつれ、喧嘩、別れを皆経験するのだ。
「明け方の若者たち」のサイドストーリーは、女性には響くのではないか。
昔のように依存しがちな状況とは異なってきている。
良し悪しではない。
あるのだ。
不器用ながらにスピンオフとしての補完が発揮されている
原作からも本編からも透けることのなかった、彼女の想い。怒りにも似た感情が湧いたりもした。でも結局、ハイボールと一緒に想い出になって流し込むのかもな…。
彼女が結婚するまで、それからとこれから。元々は原案としてカツセマサヒコが温めていたものを松本花奈監督がスピンオフとして制作。ちなみに、本編を撮り終わってから動き出したらしい。ちゃんと本作も語りたくなる連動が見事になされていて、器用とまではいかないながらに、残る映画にはなっていると思う。
追加キャストに若葉竜也と小野花梨を持ってくるのはなかなかニクい。だって下北沢の男と高円寺の女だよ…って言いたくなる。若者像を煩いくらい透かしてくるので、してやられたって感じがする。小野花梨は井上祐貴までいかないけど器にはなっていて、多少なりに彼女を救っていたんじゃないか、なんて考える。
彼女の犯した行為は間違いなく罪だし、その孤独はマジックアワーとして溶ける劇薬に決まっている。だからこそ、彼女の身勝手な部分は快く受け入れられるものではない。でも、何だかソレも1つ性格として消化させようとするからズルい。卑怯だ。「彼女」が夜に想っているなら、「僕」の明け方は彼女より前に進んでいる。どうか、そうであってほしいと願う。
映画本編がもったいなく感じる出来
改めて「明け方の若者たち」がもったいないと思えて仕方がない出来となっている作品。
この内容なら映画の中に取り入れられたよね??ゴーン・ガール的にして。もちろん一人称を僕だけにしたかったという意図もわかるけども、中盤の薄い仕事のシーンを切れば入ったと思う。
テレビドラマでもこういうスピンオフ的なのをよく見るようになってしまったけど、ドラマや映画は1つのものとして完成させてこそだろというのは変わらない。この作品については、この作品を見ないと映画本編が分からない、余韻や考える余地としての機能すら持たされていない、こういうことを演者や若い監督にさせたプロデューサー側の罪が重いと思ってしまった。
構図の作り方が上手く、若葉さんと黒島さんの演技も良かったです。
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