「救いとは、悼むとは。」すずめの戸締まり ゆちこさんの映画レビュー(感想・評価)
救いとは、悼むとは。
見終わった後、「すずめの戸締まり」「行ってきます」この言葉への印象が全く変わってしまいました。夢に導かれて始まった彼女の旅は、何だったのか。
「草太に恋をする」展開に、作品のメッセージが集約されていきます。これをきっかけとした出会いや試練から過去の出来事を受け入れ、生きることと向き合っていく。震災を経験した彼女が、特別な力によってではなくあくまでふつうに生きてきた震災後の12年間を通じて救われていく。明確に、東日本大震災で被災した人を悼む物語です。
空虚な毎日の中にいた鈴芽が自らの手で未来を切り開き、切実な思いで彼を救うべく危険を厭わず立ち向かう。誰かを好きになることをもって、生きる豊かさに触れていたように思いました。
前半は草太との絆が生まれる戸締まりの旅、中盤では大きな事件を経て物語の全貌が明らかになる。後半は、過去と向き合い草太を助け出す旅。共にする人が変わりながら、九州から東京へ、そして東北へと北上していくロードムービー。複数の物語と、ロードムービーという構造を交差させている点も新海監督ならではの演出の面白さでした。
本作を楽しめた大きな理由は、登場人物への好感と解像度の高さです。主人公鈴芽の、真っ直ぐで、嫌味がなくどうしようもなく切実な様、それを演技力で昇華した原菜乃華さん。独創的な閉じ師という設定、人間味のない美しい青年が椅子になった途端表情を豊かにしていった草太。不意に発するさりげない台詞の柔らかくて優しい声を聞くと、鈴芽が焦がれる切実さに納得してしまいます。そして物語後半に違ったリズムをもたらす深津絵里さんの環と神木さんの芹澤の存在感。お芝居の見応えにはしあわせすら感じました。主役を引き立てる存在ではなく物語の一部として息づいている描き方は、近年作品とは異なる点です。
ダイジンがヒールではなかった裏切りも良いエッセンスでした。同時に、あくまで私たちが戦ってきたのは、これからも戦わなければならないのは自然という不可逆的なものだと認識させられる。そして東京での大震災の前兆描写。やがてそれは解き放たれてしまうのだという暗示。そんな日常をどう生きていくべきなのか、そして起きてしまったものに対する救いとは、悼むこととは。そう向き合うきっかけをくれる。
集大成という言葉にも納得です。君の名は。、天気の子をつくってきたからこそ“辿り着いた”メッセージ。全く別の作品に3部作の側面を感じられる異次元性も奇跡のようで必然だったのかもしれない。閉じ師という斬新な設定によって悼むことを表現し、多くの人が改めて心を向ける。新海監督の品性や作家性、この題材を誠実に描いてくださったことに心から敬意を表したいです。