「まるで記憶の森に迷い込んでしまったかのような錯覚に囚われる純映画的な語り口の傑作」百花 最凶線さんの映画レビュー(感想・評価)
まるで記憶の森に迷い込んでしまったかのような錯覚に囚われる純映画的な語り口の傑作
この映画はファーストカットから素晴らしかった。
テーブルの上に置かれた枯れた花がさしてある一輪挿しの花瓶。
この時点で何とも言えない不吉な予感を観客に感じせてくる。
一輪挿しからカメラが動くと、部屋でピアノを弾いている母親役の原田美枝子を映し出す。
しばらくピアノを弾いている姿を映したあとにカメラが動くと、なんと部屋でピアノを弾いていたはずの原田美枝子が玄関から家に戻ってくる姿が映し出される。
そしてそのまま原田美枝子が台所に移動してふとピアノのある部屋を見つめると、別の原田美枝子がピアノ弾いていて‥‥みたいな感じで初っ端から現実感覚がクラクラするようなシーンを畳み掛けてくる。
しかもこのシーンが素晴らしいのが、最初は安定していたピアノの旋律が、記憶の連続性が曖昧になっていくのと連動して、だんだんと乱れが生じてくるところだ。
この時点でだいぶ足元がぐらつくようなクラクラする感覚に襲われましたが、他にも絶対に映画でしか表現できないような純映画的な語り口のシーンがたくさんありました。
例えば、原田美枝子がスーパーで買い物をするシーン。
このシーンも最初のシーンと同様に記憶の連続性が曖昧になって、どこまでが現実でどこからが記憶なのか非常に不安定なシークエンスが展開されていきます。
このシーンでは、子どもが脇を駆け抜けていくという印象的な出来事を入れることで、明らかに記憶のループが発生していることを分かりやすく表現していて素晴らしかったです。
他にも、アパートの階段を登っていって部屋に入ると学校の授業参観の記憶に繋がっていくシーンとか、菅田将暉が冷蔵庫を開けると過去の自分がお腹を空かせて冷蔵庫を開ける場面に繋がるシーンとか、とにかく現実と過去の記憶をシームレスに繋げる仕掛けが上手すぎて驚きました。
語られている話自体は正直そこまで大したことのない話だと思いましたが、演出・撮影・編集・脚本・演技・音楽のクオリティーが高過ぎて一級品の芸術作品に昇華していたように感じます。
あれだけ王道エンタメ作品を多く世に送り出してきたプロデューサーが、まさか自分の監督作品でこれほどストイックな芸術作品を作ってくるとは思いませんでした。
あと、劇中で使用されるバッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻BWV846ハ長調が同じフレーズのリフレインなのも物語のテーマを象徴していてととも良かったです。
今晩は。
”あれだけ王道エンタメ作品を多く世に送り出してきたプロデューサーが、まさか自分の監督作品でこれほどストイックな芸術作品を作ってくるとは思いませんでした。”
同感です。可なりアーティスティックな作品ではあると思いましたが、観る側にイロイロな事を考えさせる映画だと思いました。では。
返信は不要ですよ。