「ヤクザ映画というファンタジーにも最低限のリアリティーは必要だ」ヘルドッグス tomatoさんの映画レビュー(感想・評価)
ヤクザ映画というファンタジーにも最低限のリアリティーは必要だ
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岡田准一の映画というと、どうしても怒涛のアクションを期待してしまうが、冒頭こそアクションで始まるものの、それ以降は延々とセリフ劇が続いて、期待をはぐらかされる。しかも、そのセリフが聞き取りづらいため、登場人物たちが、何を目的として行動しているのかがよく分からず、なかなか話に入り込めない。
ホステスを装った刺客が現れたあたりから、ようやくアクションのエンジンがかかり出すが、それでも、銃撃戦や肉弾戦に目新しさはなく、やはり期待を裏切られる。
潜入捜査がバレそうになるサスペンスも今一つ盛り上らないし、主人公が、潜入先の会長や相棒に共感を覚え、彼らを裏切ることに葛藤するといった描写もない。それどころか、会長や相棒をあっさりと殺してしまう主人公自身に、共感を感じることができないのである。
主人公が、わずか1年で、会長の秘書にまで上り詰めるのは現実的でないし、2つのヤクザ組織が、いとも簡単に壊滅してしまう展開も乱暴過ぎるのではないか?警察の手の内を知り尽くしているはずの会長が、主人公だけでなく、マッサージ師や部下の愛人の正体に気付かないのも、不自然としか言いようがない。
今の時代、ヤクザ映画は、もはやファンタジーなのかもしれないが、それでも、最低限のリアリティーは必要なのではないだろうか?
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