劇場公開日 2023年6月2日

「 血の通わない行政  水の渇きが心の渇きを生むのか」渇水 レントさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 血の通わない行政  水の渇きが心の渇きを生むのか

2024年7月7日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

泣ける

難しい

母親に捨てられたあの幼き姉妹、岩切と出会わなかったらどうなっていただろうか。

新自由主義的経済政策がとられるようになって、公的機関の民間への業務委託が進んだ。民間企業は採算ベースで仕事をするからより効率化を求める。
最近東京都の停水執行の数が年々倍増しているという報道を目にした。督促や停水執行は都の水道局の外郭団体である民営の東京水道が行っており、いままでは担当者が戸別訪問していた。しかしここ最近は経費削減のために戸別訪問をやめ郵送での督促のみを行い期限が来れば自動的に停水執行を行っているという。すなわち本作で描かれた主人公と姉妹の出会いのようなことは起きようがない。

本作は子育てに悩み家庭崩壊を迎えつつある男とネグレクトで放置された子供たちとのふれあいを通してお互いが救われるという物語。
停水執行は決して楽しい仕事ではない。弱い者いじめをしているようで感じなくてもいい罪悪感を感じる。また横柄な滞納者に侮辱されることもある。でも、この仕事が個々の滞納者と顔を合わせることで救いが生まれることもある。水道代も払えないくらい困窮してる人がいれば事情を聴いて福祉サービスにつなげることもできる。事実そうやって救われる命もある。
そんなものは福祉の仕事だとしてなんでも縦割りで割り切れるものではない。目の前の困窮者を見て見ぬ振りできないのが人情だ。そんな人情が生まれるきっかけとなる戸別訪問をやめ、郵送だけで済ませ期限が来れば自動的に停水執行することが血が通った行政といえるだろうか。
あの姉妹も脱水と暑さで熱中症にかかり誰にも気づかれずひっそりと息を引き取っていたかもしれない。また彼女らを救うきっかけを作った岩切も彼女らとの出会いで改めて子供と向きあおうと勇気を出せたはず。彼らはあの出会いによってお互いが救われたのだ。人同士の摩擦が時には心を傷つけるが、人同士のふれあいが人の心を救いもする。

経済至上主義、効率化を叫ぶ今の世の中、福祉行政でさえも効率化が言われる。採算が取れないからと予算を削られる。命にかかわる行政に値段などつけられるはずはない。採算が度外視されるものだ。削るべきところは削るべきだが削ってはならないものもある。
東京都はこの戸別訪問をやめることで年間7億もの経費を浮かせたという。しかしその裏でどれだけ切り捨てられた命があったであろうか。
本編で岩切たちの訪問に「帰れ」とわめいていたアパートの住人がいたけど彼女はどう見ても精神疾患を患ってる。あの後劇中出てこないが、停水執行後に遺体で発見され、岩切たちがその事実を知り、この仕事について苦悩するくだりなんかがあればよかった。そんな人たちに気づく機会さえ奪う行政のスリム化には疑問を感じる。
たとえスリム化で税金を浮かしたところで、プロジェクションマッピングのような無駄遣いをしていれば本末転倒である。そのプロジェクションマッピングが行われる都庁の前ではボランティアの炊き出しに並ぶ多くの都民の姿があるという。

ちなみに差押禁止財産という規定が民法にある。債権者は例えば債務者にとって生存不可欠な食料、物品などを差し押さえることができないというものだ。この債務者の生活保障という趣旨に照らせばこの停水執行はまさに生存に不可欠なものを水道料金という債権のために実質差し押さえてるように思えてならない。実際の停水執行は慎重になされており今のところ問題視されてないけど、いずれは生存権を理由に裁判起こす人も出てくるかも。
もちろん生活困窮者に限るけど。

あの岩切に対してお札を握りつぶした若造には力石徹の刑を味合わせてやりたいと思った。蛇口という蛇口をワイヤーでがんじがらめにするやつ。

レント