ベルファストのレビュー・感想・評価
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差別、分断が起こす平穏な日々のゆらぎやすさ。 ベルファストに住む一家族の暮らしを通し伝えるもの。
時に残酷なまでに他者の自由を奪い取ることができる魔物になってしまうのも人間。
そして、身を呈して誰かを守り愛をもって教えるのも人間。
あたたかく明るい家庭にも騒動は否応なしにおそいかかる。そのときのこどもたちはいつも無力だ。
環境が左右する人生の風をまともに受けるしかなかったバディとお兄ちゃんも荒波に浮かぶ小さな船のようだった。
まだヤンチャ盛りのバディの澄んだ眼差しの中にみえた
たくさんの気持ちをキャッチしたよ。
そして、忘れたり、見えないフリしたりしちゃいけないことがあるってことも!
美しいモノクロの光と影の画面から噛みしめた98分。
おじいちゃん、おばあちゃんのたくましくやわらかい愛や
父さん、母さんの力強く前向きな愛は、彼ら兄弟が生きていく道の上で灯火や道標になるんだろうね。
バディとお兄ちゃん、それが今回の不幸中の大きな大きな幸せだって気づく時がきますように。
新天地での家族が郷愁と土台なる愛を胸にたくましく歩みますように。
のこったおばあちゃんが慣れ親しみ思い出のつまる土地で緩やかに暮らせますように。
おじいちゃんが天国でそんな皆を安心して眺められますように。
心にメッセージが残る秀作
ラスト、主人公たち家族はベルファストを去ることになる。
家族の乗った空港行きのバスを、こっそり見送るおばあちゃん(ジュディ・ディンチ)の顔がアップになり、彼女は「Go(行きなさい)」と言う。
そう、家族はベルファストをあとにする。
この町に残る彼女は「ベルファスト」そのものだ。
このシーンで、本作のタイトルが「ベルファスト」であること、そしてケネス・ブラナーが生まれ育ったこの町こそが主人公なんだな、と腑に落ちた。
この映画の舞台は、北アイルランドの中心都市ベルファストの、さらに狭いエリア(日本語でいうと“ご近所さん”という感覚)。
そこは、暮らす全員が顔見知りのような場所だが、カトリックとプロテスタントの政治的な対立から暴動が起き、町は分断されようとしていた。
バリケードが築かれたり、治安のため軍が駐留したりと、町はかなりの緊張状態にあるのだが、子どもたちを中心に、そこに暮らす普通の人々の日常を描く。
主人公は小2(たぶん。九九を勉強しているので)のバディ。この子役が絶品なんだけど、彼を取り巻く両親や祖父母がまた素敵。
「失われた地平線」「チキチキバンバン」「恐竜100万年」など古い映画が多く登場し、映画愛が溢れているのもイイ。
(ケネス・ブラナーが監督した)「マイティ・ソー」のコミックが登場するのもクスリと笑える。
後半、2度めの暴動が起きて以降、素晴らしいシーンの連続。
そして日常の何気ないエピソードを描いていたように見えて、ラストに向かって次々と伏線が回収されていくのが見事。月旅行、成績と席替え、おじいちゃんの病気、そしてお父さんの出稼ぎ問題などなど。さりげないけど、仕事が細かい脚本に唸る。
特に万引きと略奪の対比については、「人を殺すと国によって裁かれるのに、戦争での殺人は許されるのか?」という問題を考えさせられた。
地域の分断は、主人公たち家族の分断と対比される。主人公の母親と、出稼ぎで単身赴任している父親との言い合い。そして、おじいちゃんの死。
両親のケンカは地域の分断が原因となっている。そのバカバカしさ。そしてイデオロギーの対立やケンカによらなくても、いつか人は死んで永遠に別れなくてはならなくなる。そのことを、おじいちゃんの死は示している。
家族の分断を収束させた、おじいちゃんのお葬式の後のパーティー?(日本でいう“直会”か)での、お父さんがお母さんに捧げた歌にグッとくる。
そして家族は一つになって、故郷ベルファストを離れることを選ぶのだ。
町を去る前に、好きな女の子にお別れを言ったバディ。
バディはお父さんに「(彼女はカトリックなんだけど)僕はあの子と結婚できる?」と尋ねる。
すると、お父さんは、「出来るさ。フェアで優しくてお互いに尊敬し合えるならね」と答える。
本作の舞台は1969年。それから50年以上が経ったが、この世界から宗教やイデオロギーによる紛争はなくなっていない。この現実に対して、お父さんのセリフが心に響く。
100分足らずの小品のおもむきだが、素晴らしい役者の演技が楽しめ、観る者に確かなメッセージを残す秀作である。
ギリギリで生きる中での家族の絆
主人公は、紛争の真っ只中で子供時代を過ごし、その点では不遇である。しかし、家族のつながりを見ると、出稼ぎで家族を支える父親、一緒に生活を共にする兄、1人で子育て全般をこなしている強く厳しい母親、優しい祖父母、両想いのガールフレンドに囲まれて、人との繋がりには非常に恵まれている。
温かな人情に育まれながら、異端視した者を排除しようとする人間のおぞましい面をも目の当たりにして、戸惑いながらも大人になっていく。
生活費もままならないギリギリの生活を強いられながらも、クリスマスにはプレゼントを買ったり、家族揃って映画に行ったりするなど、できる範囲でめいっぱい楽しもうとする姿勢は、ぜひとも見習いたいと思うようないじらしさがあった。
見知らぬ土地で、自分達家族だけで寄り添いあって生き抜くと決意した時の、家族の団結感はすごかった。祖母は、置いていかれることになるが、息子たち家族のことを思ってそれを許す、その愛情もやり切れなく感じられた。
なにが正しいことか
IRAが登場する作品はいくつか記憶するが、いずれも武器を取って闘う人の話だった。
同じコミュニティで共存してきた市井の人々が社会の対立に翻弄されていく中、普通の生活を維持しようと努めていた家族や隣人の物語が、主に末っ子の視点からユーモアをもって描かれる。商店襲撃と洗剤のエピソードが可笑しくも衝撃的。
新天地での再出発が幻想なのか、故郷の地でしか生きられないことが思い込みなのか、その時点では誰にも分からない。(劇中最後のメッセージのように)どちらを選んだ人にも、どちらも選べず命を落とした人にも、皆に平安があるように。そして意思に反して居所を奪われ生命の危険にさらされる人がこれ以上増えないことを願う。
社会に翻弄される家族
北アイルランド問題に起因するベルファストに生きる家族の選択。大人たちの行動により翻弄される選択を子どもの視点より描く。
主人公の楽しげな毎日と同時進行で進む大人たちの欲望に取り憑かれた争い。それから家族を守ろうとする父と母。
そんな中でも家族を想い接する祖父母がとても優しく感じられた。
またベルファストを離れたくない少年の言葉が率直でまっすぐなだけ心に刺さる。
派手ではないがジョディ・ダンテさんのメイキャップも凄みを感じた。そして最後に放つ彼女の言葉にはいろいろな想いをのせて放つため、少年の言葉とはまた違った言葉の重みを感じた。
郷愁に溢れた佳編
映画監督であり俳優でもあるケネス・ブラナーが自身の幼少時代を反映させて撮り上げた青春映画。
ケネスの生い立ちが知れるという意味でも面白く観れるし、1969年に起こったベルファストの動乱を知るという意味でも興味深く観れる作品だった。
尚、ここではプロテスタントとカトリックの宗派の対立が描かれているが、これはいつの時代でもどこでも起こりうる問題として置き換えられると思った。
例えば、宗教とは少し違うが、ウクライナ侵攻における新ロシア派と新欧米派の争いなどは今まさに起こっていることであり、どうしても連想せずにいられない。かつてのボスニア紛争も然り。やはり隣人同士で殺し合いをする無慈悲な戦争だった。ルワンダで起こった大量虐殺事件にも同様のことは言えよう。今まで同じ地域に住んでいた隣人同士が、ある日突然敵同士になってしまうという状況。それがこの手の争いの残酷な所である。
その苦しみ、憤りを本作はバディ少年と家族たちの姿を通して描いている。
バディたち一家はプロテスタントなのだが、彼らは一連のカトリック弾圧運動には決して参加しない。そのせいで父親は窮地に追い込まれ、やがて一家はベルファストにいられなくなってしまう。まだ幼いバディにとっては正に青天の霹靂。この土地には友達やガールフレンドもいるし、大好きな祖父母だっている。彼らと別れて暮らすなんてできない…と思い悩むのだが、その無垢なる姿を見ていると、自然と胸が締め付けられてしまう。きっと幼きケネス少年も悲しい思いをしたに違いない。
このように本筋だけをみてみると実に悲劇的なドラマである。
ただ、ケネスはやはり稀代のエンターテイナーなのであろう。歴史の一幕を照射しつつも、各所に家族愛や隣人愛、そしてバディの日常をユーモラスなタッチで描くことで、全体的には肩の力を抜いて楽しく観れるように作られている。当時夢中になった映画やポップカルチャーも出てくるので、同世代には懐かしさも感じられるのではないだろうか。
例えば、本作は基本的にモノクロ映画であるが、バディが映画館で観るカラー映画はカラーのまま再現されている。引用されるのは「恐竜100万年」や「チキ・チキ・バン・バン」といった娯楽作品群。それをバディたちは家族揃って楽しそうに鑑賞する。その光景には、さながら「ニュー・シネマ・パラダイス」のような映画賛歌的趣が感じられた。
他にも「スタートレック」や「サンダーバード」、「007」、コミック版「マイティ・ソー」等々、懐かしい名作の数々がスタルジックに振り返られている。西部劇の傑作「真昼の決闘」を伏線とした決闘シーンもユーモアたっぷりに再現されていて面白かった。
このように過酷で険しい時代の中でも確かに幸福を実感できる瞬間があったということを、ケネス・ブラナーは暖かな眼差しで描いて見せている。誰が見ても楽しめる普遍的な青春映画として昇華されており、このあたりの料理の仕方は実に見事というほかない。
ただ、全体的に薄味&コンパクトにまとめられており、少々食い足りなさも覚えたのも事実だ。
例えば、自らの幼少時代を美しいモノクロ映像で綴ったアルフォンソ・キュアロン監督作の「ROMA/ローマ」は、どうしても作品のモティーフやスタイルから比較してしまいたくなる。「ROMA/ローマ」と比べると本作の方が圧倒的に観やすいことは確かだが、映像やドラマ的なケレンミやダイナミズムは遠く及ばない。どうしてもこちらの方が物語が”小ぶり”な分、小粒な作品に感じてしまうのだ。
一方、キャストでは祖母役のジュディ・デンチ、祖父役のキアラン・ハインズの功演が光っていた。全体的に軽妙なトーンが続く中、彼らの演技が作品に一定の重みを与えていることは間違いない。特に、ラストのジュディ・デンチのクローズアップは忘れがたいものがある
叔父のセリフ、算数の教え方、ジュディデンチの存在感、Love Af...
叔父のセリフ、算数の教え方、ジュディデンチの存在感、Love AffairのEverlasting Love、Van MorrisonのStranded、マイティソーやアガサクリスティ盗ってきた洗剤などちょっと笑いもあり。
98分で無駄のない濃い内容。暴動の中の葛藤、バディの成長、家族愛、郷愁感がとても良かった。
しいて言うなら2回目か3回目?のStrandedがちょっとだけ諄いかな?ぐらい。
懐かしさを感じます
紛争中のベルファストを舞台にした映画で、時代も国も違うのに懐かしさを感じます。
近所の人々や少年の日常生活が、ユーモアを交えて丁寧に描かれているからでしょうか。
これぐらいの少年の行動は万国共通なんですかね(笑)
おじいちゃんやお父さんの言葉が深いです。
自分は息子にこのようなことを伝えているか、伝えていけるか、伝えて行かなければ、と思わせられました。
故郷への愛があふれている
オープニング ベルファストの街が映されているだけなのになんだかワクワクしてしまう。
あれ、モノクロームの作品じゃなかったっけ。と思った瞬間、1969年へ。
もう引き込まれてしまった。
じいちゃんがいて、ばあちゃんがいて、近所のみんなが顔馴染みで、子供たちは街のどこででも遊んでいて、街のみんなが世話をしている。
そういった時代が懐かしいと感じる世代の方が少なくなってしまうんだろうなぁ。
ジョン・プアマンの「戦場の小さな天使たち」やボブ・クラークの「クリスマス・ストーリー」、日本では「少年H」。子供の目を通して描かれるあの時代は、今までは第二次大戦だったけど、今作は1969年の北アイルランド。プロテスタントとカソリックの紛争、日本人にはあまりピンとこないが、世界では第二次世界大戦以降も紛争、戦争が行われている。そして今現在も。
あの子の家はカソリックだけど結婚できる?
カソリックだろうが、プロテスタントだろうが、ヒンドゥー教徒だろうが、宗教宗派が異なっていようが、お互いが尊敬し合うことができれば、彼女も彼女の家族も歓迎してくれるさ。
父親のこの言葉が何よりも大切だとみんなが思えるといいのに。
バディ少年はこの両親に育てられて幸せだ。
なかなか描かれることはないだろうが、カソリックを襲撃した側の家庭で育つ子供もいるわけだから。
バディ少年の目を通して描かれているので、ユーモアが散りばめられて、辛く厳しい時代・社会をうまく見せてくれた。また音楽のセンスもよく、最近のケネス・ブラナー苦手だったけど、好きになった。
恐竜100万年?、チキチキバンバン、真昼の決闘、サンダーバード、、、。ケネス・ブラナーが一気に身近に感じられた。
「ベルファストから離れたくなーい!」
いい作品だったなぁ。
よかった
モノクロでかったるくて退屈だったのだけど、暴動が起こってスーパーの略奪から、洗剤を返しに行って、敵に人質にされて父さんが石を投げて助けるところはすっごく面白い。引き込まれる。従妹なのかな、あの背の高い女の子は悪いことばっかり主人公にさせて困る。それにお母さんもなにもわざわざ暴動の真っ只中に洗剤を返しに行かなくてもいいのに。
それにしても家の前で車を燃やされるなど、暴動のメイン会場みたいな場所で暮らすのは危険すぎる。落ち着くまで離れた場所で暮らせないものだろうか。お金に苦労してそうだったから、そういうわけにもいかないのだろうか。お父さんは出稼ぎだし、なんとかした方がいい。
内戦の一方で日々の平穏な生活はあったのだと実感した。おじいちゃんが...
内戦の一方で日々の平穏な生活はあったのだと実感した。おじいちゃんが亡くなったときのパーティ(お通夜?)のシーンの華やかさにびっくり。映画の冒頭でアイルランド紛争の概略説明などあるとよいなと思いましたが欧米の方は常識なのかなと。主人公(息子)とお母さんが良かった。
カトリックとプロテスタントの対立。 荒れる北アイルランドの都市ベルファスト。
ルター宗教改革以来、欧州中で殺し有った旧教と新教の対立は、現代でも終わっていない。
北アイルランドという、イングランドから支配され差別された地区に生きる祖父母、故郷を捨てる息子夫婦、離れたくない孫。
ベルファストという土地の持つ歴史の中で生きるアイルランド人3代親子。
新教VS旧教の対立の根は何なのだろうか。
良い映画だった。
街を離れた人、残った人、そして犠牲になった人
ベルファストは怖い街というイメージがどうしてもある。
そこにあった人々の生活や、バリケードが張り巡らされるようになってもあった人々の暮らしが少年の視点から描かれていく。紛争だけではなかったのだと改めて思うと同時に、たとえ子供でも紛争と無縁ではいられない現実もある。
ベルファストを離れたくない、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に行きたい、などという場面は胸に迫る。
生まれ育ったベルファストを離れたくないという母。そんな母に街を離れる決断をさせた紛争は酷い。
ロンドンで大工の出稼ぎをして、たまの週末に戻ってくる父。滞納もするし、競馬もやめない。もちろん仕事をやめる訳にはいかないけれど、街が危ない状況でも妻に子供を任せて行ってしまう。
決して良い父親とはいえないと思うのだけれど、ジェイミー・ドーナンがなんとも魅力的に演じていた。
アカデミー賞ノミネート作品だが、良さがイマイチわからない。そこまで...
アカデミー賞ノミネート作品だが、良さがイマイチわからない。そこまで凄い作品なのだろうか?冒頭のベルファストの町並みは美しく、出だしは非常に良かったのだが。
時代は1969年に逆上り、カラーからモノクロへと切り替わる。ポスターの剣を持った少年は冒頭に現れる。遊びから家に帰ろうとする暴動が起きる。プロテスタントがベルファストに住むカトリックを攻撃するのだ。
ここまではワクワクしていた。
ここからは大きな見せ場は無かったと思う。しかし、振り返ってみると、天国と地獄の分かれ道の話、少年の恋心など、印象に残るシーンが多いので、こういう映画が良い映画なのかもしれない。
少年が主役なのでジョジョラビットみたいに感じた。ジョジョラビットのほうがコメディ感があるけれど、本作はエンタメ感はない。
少年の両親は昔からベルファストに住んでいて、町を離れたくないのだが、仕事を求めてイングランドへ行くことを決意する。祖母だけを残して。
ベルファストの過去に詳しい人なら、この別れに感動するのかもしれない。
暴動のなか、少年が洗剤を盗んで帰宅すると、母親が激怒した。これは狂気だ。暴動により店内が荒れているというのに、母親は少年をスーパーに連れて行き、スーパーの棚に商品を返却するよう指示をする。女性って強いなと感心したよ!
ただ祈るのみ。。
まるでごく普通の日常のひとつのように、さりげなくいきなり暴動とかが始まり、子どももいつの間にか巻き込まれ、いつの間にか奪うなどの犯罪に巻き込まれていく現実があったことに驚きました。
また、日本にいるとカトリックかプロテスタントのどちらかというだけで、そんなにいがみ合うとか対立する、出ていけなんて運動をする人達が現れることにも改めて驚きました。一緒に気にしないで暮らしてる温和な人達もいるというのに。
日本なんて八百万の神がいるんだから、そのわずかな宗派だけでいちいちいがみ合う暇ないというか、多様で当たり前じゃないの?と思うので、
幸せになる指針のための宗教が、結局幸せに暮らせなくなる道具になってることが残念でした。
でもそれにめげず、故郷を離れる人、離れない人、身近な人に先立たれた人、それぞれに結局強く生きるしかなく、それぞれの幸せを祈るばかりです。
どこにいても身近な人達はいつでも自分の味方だから、どこにいようと、場合によってはそこまでその土地に固執しなくても生きていけるのは、その通りで大事なメッセージだと思いました。
バディがキャサリンと、宗派の違いを越えて結婚し幸せに暮らしてくれることを祈るばかりです。
暴動。家族。故郷。じいちゃんとばあちゃん。小さな恋のメロディ。従妹は厨二病。海峡を渡ればイングランド。
映画冒頭の暴動はボグサイド地区へのアルスター派ロイヤリストの侵攻を描写していると思われ。これ以降、民衆はバリケードを建てて自衛を始めます。時代的には、暴動による死者が発生するに至り、軍が介入を始めると言う、「暴力的に荒れ始めた」頃。現実に比しては、ソフトな描写。あくまでも北アイルランド問題は背景でありテーマでは無く。その時代に生きた人々と家族が主題。
でですよ。
モノクロの画は、美しさが無ければ意味が無いと思うんですよね。これは良かったです。モノクロで撮ると、やたら「陰影・光と影のコントラスト」の一本勝負的描写が延々と続くとか言う印象があります。ベルファストは、そこに行かないんです。構図勝負。と、造りこみ勝負。
親子が中庭で話し込む場面。画面の中央奥には表通を覗くゲートがあります。そこを通り過ぎるエキストラ。画面がドンよりと停滞してしまう事を、このゲートから見える人の動きで回避すると同時に、「街の生活感」が匂って来ます。
そもそも開始直後の、まるでミュージカルでも見ている様な人々の動き・躍動感の表現。からのロイヤリスト暴徒侵攻。この緻密さ、ディズニー作品よりも好き。
と。なんと言っても。
ジュディ・デンチ様にございます。ヤバい。これはヤバい。樹木希林さんって、画面に現れるだけで物語を自分のものにしてしまうくらいの存在感があったと思うんです。ジュディ・デンチも同じですよね。夫婦の全ての場面、彼女の登場するすべての場面に漂う、独特の郷愁感。そうなんですよ。何か、この映画のノスタルジーのほぼ全てを、彼女が一人で作り出してる気がして。あざとさが無いんですよね、全く。ものすごく自然で。
ベルファストの残る祖母がバディ一家に囁くんです。
Go ahead...
Don't Look Back...
劇中、カトリックの彼女と結婚できる?と尋ねるバディへの父の回答のココロは「フェアな人々への偏見を捨てろ」
なんか、ダンスシーンは要るんかい?なんてところはあったけど、この時代設定で政治色を脱色し、メッセージに普遍性を持たせる構成って、最近じゃ珍しいと思ったりする訳で。
良かった。とっても。
オスカーは、個人的には、これがイチ推しです。
宗教は争いのもと
キリスト教の宗派の違いで暴動が起こる
そこに住みたくないほどの怖さ
日本の多くは仏教が根づいてますが
それで争いが起きたりしたのだろうか
今はたくさんの宗教が混在していて
それぞれ信じる神がいるのだろうけど
そのうちに…無宗教の人もでてくる
宗教は昔から争いのもと
今に至っても
その住み慣れた地を離れたくない
もし暴動が起こらなかったら
そこを離れずにすんだのに
と思ってしまう
合間、合間に入ってくる音楽が
インパクト強すぎてstoryが薄く感じてしまう所も…
北アイルランドの歴史
昔?日本でも普通に見られた「ご近所付き合い」。
広場で遊ぶ子供達。
夕飯が出来たと子供を呼ぶ母親。
長閑な街角の風景から始まる。
突然の襲撃。
何が始まったかよくわからない。
もちろん、カトリック教徒に対する暴挙であるが、やはりある程度歴史を知ってから観た方がいいと思った。
モノクロだし、映画とわかっていながらどうしても今のウクライナと重なってしまう。
いつの時代でも、普通の生活を奪う権利なんて誰にもない。
映画を家族みんなで楽しむシーンが何度も出てきた。
そんな時間があったことに救われる。
派手さはないが、良い映画だった。
【”何でお祈りする神様が違うだけで喧嘩するの。何でベルファストは暴動に巻き込まれるの。”バディ少年の心配そうな顔を家族の温かさが包み込む。郷愁を感じつつ、私達は今をすべきかを問いかける作品でもある。】
ー バディ(ジュード・ヒル)は、北アイルランドの田舎町ベルファストで祖父母、両親、兄と住んでいる。学校には好きな女の子がいるし、小さな町だから皆、お互いの氏素性を知っている。
要するに、バディにとって、ベルファストは親戚のおじさん、おばさんが沢山いるような町で住みやすいのだ・・。-
■北アイルランド紛争は、年代的にリアルでは知らなかったが、U2の初期名盤”WAR(闘)”の劈頭を飾る名曲”Sunday Bloody Sunday"を聴き、当時の北アイルランドの都市で起こった”血の日曜日事件”を知り、更に”New Year's Day"を聴き、北アイルランドで”何が起こっていたのか”を遅ればせながら中坊時代に知った・・。
◆感想
・舞台は、宗教対立が激化する1960年代末の北アイルランドのベルファスト。バディはいつものように、家に帰る途中、暴動に巻き込まれる。街中には、今までなかったバリケードが・・。
・バディの父(ジェイミー・ドーナン)は土建の仕事で家を空ける事が多く、母(カトリーナ・バルフ)と良く衝突するが、劇中では二人がキチンと愛し合っている事が分かるシーンがキチンと描かれる。
- ”お前が子供たちを一人で育てたんだ。感謝している・・。”
ダンスパーティでは、二人は楽しそうに踊っている。
子供とは、両親の仲に敏感なのである。バディの心配そうな顔。そして、嬉しそうな顔。-
・バディの祖父母(キアラン・ハインズ&ジュディ・デンチ)も同様である。祖父は祖母を結婚50年経っても、尊重している。
- 残念ながら、祖父は亡くなるが、町中の人が弔問に訪れる。祖父の人柄で有ろう。-
・そんな一家にも、変わりゆく町を去る決断を迫られる時が来る。そして、その姿を優しく見守る祖母(ジュディ・デンチ)のベルファストで過ごした、刻まれた皺、優しき眼がアップになる表情が素晴しい。
- バディは好きな女の子の家に行き、小さな花束を渡す。そして、父に言う。
”僕は、あの子と結婚できるかな・・。”
この言葉に対する父親の優しき言葉が素晴しく、心に響く。
”宗教が違っても、彼女がどんな宗教であろうとも、結婚できるよ・・。”
ほっと、安心するバディの表情が忘れられない。-
<危機的な状況でも、ユーモアを忘れないベルファストの人々。
助け合って生きるベルファストの人々。
故郷を想う気持ちは、誰にも奪えないのだ。
バスで町を出るバディ達一家を一人見送るお婆さん(ジュディ・デンチ)の優しき表情がとても良い。
国は違えど、郷愁を感じる作品であるし、理不尽な理由で故郷を追われるような世界にしてはいけないと思った作品である。
今作は、私達に、”今できる事は何か”を問いかける作品でもあるのである。>
普通の人も紛争に巻き込まれていくのが何とも・・・
昔読んだ高村薫の「リヴィエラを撃て」の主な背景になったのが北アイルランド紛争で、その中心地「ベルファスト」と監督ケネス・ブラナーに引かれて何の前知識もなく見に行った。
「リヴィエラを撃て」のあらすじは忘れてしまったが、ベルファストの荒涼としたイメージや決して豊かではない土地で敵味方に分かれて繰り広げられる不毛な戦いが強く記憶に残っていた。
映画の中では先鋭化した連中の殺し合いは描かれず、9歳の少年の家族の日常に突然入り込んできた紛争が描かれていた。宗教の違いなどほとんど気にしていなかった町の人たち、町中の人たちが知り合いで等しく貧しそうで、でも明るいコミュニティがだんだん壊れていった。少年の学校生活と小さな恋、毎日寄り道する祖父母の家でのこと、父母のお金の苦労、厳しい毎日ながら週末の映画を楽しみ、親戚との集まりも楽しく、昔の日本も似たようなものだったなーと想い出した。町長選挙とかあると町を二分する騒ぎになっていたが(私の経験)、終わると元に戻っていた。しかしベルファストの紛争は恐ろしく長い込み入った歴史がバックにある。少年はいとこに引っ張られて過激な破壊活動に巻き込まれ、泥沼に否応なく引きずり込まれてしまった。土地に強い愛着があった母親もついに父親の出稼ぎ先だったロンドンへ逃げ出す決心をする。その間に炭鉱労働者だった祖父が肺の病で死に、葬式を終えて家族四人ベルファストを出て行くためにバスに乗り込む、それを見送る祖母の姿で映画は終わる。
監督のケネス・ブラナーの幼少期の記憶が元になっているそうだ。この映画の何気ない日常が本当に心に残る。それを演じた役者が皆すばらしい。何十年も苦節を共にしてきた祖父母の会話が達観していてたまらない。ジュディ・ディンチも相手役もまさに適役。父母役の二人による現役の苦悩もよく描かれていた。しかし何より特筆すべきは9歳の主人公を演じた少年。何の加工もないただのその年頃の少年にしか見えなかった。小賢しくなく家族に愛されて育った素直な少年がそこにいた。
内容は違うが、ロシアによるウクライナ侵略がひどさを増す現実の中、逃げ惑う普通の人のことを思わずにはいられなかった。
この手の出来事、即ち、宗教の違いや積み重なった民族の恨みに直面したことがないし、踏みつけられる立場にもなったことがないので私には理解できないと思っていた。しかし少年のように、心の底に何の憎しみも積年の思いもなくても巻き込まれて分断されていくのだなと改めて考えさせられた素晴らしい映画だった。
全40件中、21~40件目を表示