「ALWAYS ベルファストの思い出」ベルファスト 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
ALWAYS ベルファストの思い出
『ROMA/ローマ』のアルフォンソ・キュアロンに刺激されたか、大物監督の自伝的作品が続く。アメリカでは年末にスピルバーグが。
今年のアカデミー賞で愛された本作。
故郷や幼き頃への思い出を綴ったのは、ケネス・ブラナー。
意外な気もした。
ケネス・ブラナーと言えば、シェイクスピアが十八番。
近年は多岐ジャンルに渡り、MCUヒーロー、ディズニー実写、アガサ・クリスティーのミステリー…。
文芸物やエンタメ作が多く、本作は極めて異色のジャンル。
しかし、これまで最もパーソナルでハートが込められた作品。
本作を見るに当たって、当時の社会背景や宗教問題を抑えておかないとならない。
1969年、北アイルランド。プロテスタントの武装集団によるカトリック住民への攻撃。
“北アイルランド問題”と言われ、今も続く領土問題、地域紛争。
その原因は、宗教対立。プロテスタントとカトリック。同じキリスト教ながら、宗派の違い。
宗教が絡んでくると日本人には分かり難い。ましてや、価値観も世代も国も違う。
ならば、この映画の良さが分からない…?
否。
もし本作がただそれだけの社会派作品だったら、見た後こんなにも心満たされる事無かっただろう。
ケネス・ブラナー少年がツボや見る者の琴線をしっかり抑える。
生まれ育った町、ベルファスト。
住人が皆、友達や家族のように顔馴染み。(よって、万引きでもしたらすぐバレるので、絶対ダメ!)
プロテスタントとカトリックの衝突によって、町や住人の間にも分断や対立、時には暴力…。
平和だった日常が一変した中でも、9歳の少年バディは…。
映画や演劇を楽しみ、勉強を頑張り、クラスの女の子に夢中。
母さん、父さん、じいちゃん、ばあちゃん、兄ちゃん、家族の愛情をたっぷり注がれ、包まれて。
大人たちは周りの変化に翻弄されるが、子供たちはそんな状況下でも好きな事に熱中。
子供って、本当に純真無垢。周りの変化にも素直に疑問を抱き、好きなものは好き、イヤなものはイヤ。
あくまでバディ=9歳の少年の視点で描かれるので、当時を知らぬ我々でも見易く入り易い作りになっている。
バディがワクワクして見るTVや映画や演劇にこちらもワクワク。
TVでは『宇宙大作戦』。
家族皆で観に行ったアメリカの西部劇、恐竜映画、車が空飛ぶファンタジー。あの作品、この作品。
舞台の『クリスマス・キャロル』。
他にも、『サンダーバード』『007』の玩具、アガサ・クリスティーの小説…。
60年代英カルチャーがいっぱい!
ケネス・ブラナー、昔から好きだったんだろうなぁ…。親近感を感じてしまった。
バディが読んでる漫画は、あのヒーロー! これは絶対リンクネタでしょう。
激動の60年代のベルファストを知り、当時のカルチャーを嗜み、そして何より家族の物語である。
ロンドンに出稼ぎに行っている父さん。時折帰ってきては、何かを計画していて…? ジェイミー・ドーナンが好演。
まるで友達のようなじいちゃん。勉強や恋や人生についてユーモアを交えてアドバイス。でも、結婚50年経ってもばあちゃんが何言ってるか分からない…? 当時、ケネス・ブラナーとはご近所だったというキアラン・ハインズ。
毒舌多く、まさかのあのガキ大将の迷言も…? だけど、いつも誰かを心配している愛情深いばあちゃん。まるでジュディ・デンチの為に用意されたよう。
アカデミー助演賞にWノミネートされた両名優が味わい深い名演を魅せる。
家族の中でも特に、母さん。優しく、厳しく、強く、美しく。カトリーナ・バルフは出ていた映画は何本か見ていたようだが、本作ではっきりしっかり印象残った。正直、デンチより彼女の方こそオスカーにノミネートされて欲しかった。
主人公の少年、つまりケネス・ブラナーの“分身”が居なければ本作はあり得なかった。
よくぞ見つけたジュード・ヒルくん。
だって本当に、素朴で、好奇心旺盛で、人懐こくて、キラキラ瞳を輝かせて。ちょっぴりおバカでビビりな性格で。
そういや昔何かの本で、ケネス・ブラナーは幼い頃、映画や本が好きだった内向的な引きこもりだった…というのを聞いた事ある。(そんな少年が将来役者になりたいと言った時、両親は大変驚いたとか)
ケネス・ブラナーのあの頃を、これからの活躍が楽しみな逸材が体現。
モノクロ映像(バディたちが観る映画や演劇はカラーで表現)や当時のベルファストの町並みを完璧に再現したという美術の美しさ、素晴らしさ。
楽曲センスも特筆もの!
開幕早々の暴動シーンの緊迫感、少年と家族の思い出をユーモアとハートフル交えノスタルジックに、真摯なメッセージも込めて。
間違いなく、“監督”ケネス・ブラナーの最高傑作。
本作で脚本賞を受賞し、初のオスカー。アカデミー賞ではこれまでに、『ヘンリー5世』で監督と主演男優、92年には短編実写、『ハムレット』で脚色、『マリリン』で助演男優、そして本作で作品と脚本にノミネートされ、個人最多通算7部門にノミネート。
イギリス/ハリウッドの映画/演劇界で多大な功績を残し続けている名匠であり、“サー”の名優。
その原点が、ここに。
幸せや楽しさだけのあの頃ではなかっただろう。
子供だったとは言え、周りの変化をこの目、この肌で感じ取る。
暴力を目撃。
家では、両親の喧嘩。生活苦。
じいちゃんが入院。そして…。
何よりショックなのは、父さんの計画。ロンドンへの移住。
ベルファストを離れる…? そんなのヤだよ!
不安、ほろ苦さ、切なさ、悲しさ…。
それらを経験して、好きなものに熱中して、家族や周りの愛情を受けて、自分で考え行動して、自分のこれからの人生や将来の糧となる。
そうやって、ケネス・ブラナーは形成されていったんだなぁ、と。
じいちゃんの冗談の、結婚50年経ってもばあちゃんが何言ってるか分からない。これ、例え言葉が通じなくても、心と心で人と人は付き合っていけると読み取れる。
ラストの父さんの言葉。宗派や人種が違っても、優しくし、フェアで、お互いを尊敬し合えれば、皆が歓迎する。
奇しくも、今の世界に訴える。
…いや、今の世界がこの作品を望んでいたのだ。
故郷を離れるのは寂しい。
だけど、それが決して、故郷やここでの思い出を忘れるって事じゃない。
この身体に、この心に、永遠に刻まれる。
その思いを抱き続け、新しい地で、新しい人生を歩んでいく。
怖がる事はない。さあ、お行き。
ベルファストの彼。君。僕。
いつまでも。