「本作にアカデミー作品賞を獲って欲しかった、という声が上がるのも納得の、魅力溢れる一作。」ベルファスト yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
本作にアカデミー作品賞を獲って欲しかった、という声が上がるのも納得の、魅力溢れる一作。
ケネス・ブラナー監督の半自伝的な作品である本作、映画監督の少年時代が物語の下敷きとなっている点や、モノクロームを基調とした映像といった様々な点で、アルフォンソ・キュアロン監督の『ローマ』(2018)を彷彿とさせます。もちろん両作は非常に完成度が高く、それぞれに多くの見所がありますが、本作は特に、家族、隣人一人ひとりの多面的な描き方が非常に印象的です。そこに、長年培ったケネス・ブラナー監督の人物観、そしてその表現方法の巧みさが光ります。
主人公バディの父も母も、それなりに魅力的で、自らを省みず「善きこと」を為そうとする意思を持った、いわゆる「善人」です。ところが日常のそこかしこで、実にどうしようもない部分も垣間見えたりします。そうした多面的な側面を描き分けることで、より人間味を持った、愛すべき人々として強く印象づけられます。それは近隣の住民、知人も同様で、ジュディ・デンチら老夫婦はもちろん、特にバディの、年上の女友達の振る舞いには驚き。『ジョジョ・ラビット』のトーマシン・マッケンジーのような位置づけなのかと思ったら…。
本作は1969年の、北アイルランド問題に揺れる最中のベルファストを舞台にしているため、作品の全体像を理解するためには、どうしても概要程度でも当時の状況を知っておく必要があります。そうでないと、なぜ主人公達は暴徒に襲われるのか、そして暴徒達は誰なのか、が分かりにくいためです。ただバディも、突然降りかかる理不尽な暴力の意味が全く分からないまま日常を生きているため、敢えて情報を入れずに、あくまで彼の立場で作品を鑑賞するという見方もあります。バディと隣人達が交流する場所とか、一瞬カラー映像となるある場面など、印象的な映像や台詞を挙げればきりがない作品。第94回アカデミー賞では残念ながら作品賞は逃しましたが、多くの人がこの作品に獲らせたかった、と言うのも納得の、魅力に満ちた一作です。