劇場公開日 2022年3月25日

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「「愛着」を体感する、至福の98分」ベルファスト cmaさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0「愛着」を体感する、至福の98分

2022年4月11日
iPhoneアプリから投稿

 モノクロの躍動感あるポスタービジュアルに惹かれ、ほとんど前情報なく鑑賞。上映終了間際に、何とか滑り込むことができた。
 冒頭、いきなり街が戦場になり驚く。ついさっきまで戦いごっこで使っていたゴミ箱の蓋が、本当に銃弾から命を守る盾になってしまう。広場にバリケードが敷かれ、自由な行き来さえままならなくなる。しかし、そんな血なまぐさい状況でも、キラキラときらめく日常が息づいている。少年バディは、愛情深い父母や兄、ユーモアのある祖父母に囲まれ、女の子にときめいたり、万引き(せっかく獲得したのにガッカリされたチョコバー…なぜそんなに不人気だったのか?)に巻き込まれたりしながら、驚きと発見に満ちた日々を謳歌する。
 タフで真っ直ぐなお母さんも魅力的だが、とにかく、ジュディ・デンチが素晴らしい。女王まで演じた「あの」ジュディ・デンチなのに、「おばあちゃん」にしか見えない。深く刻まれたシワに、長い人生の物語が潜んでいるようだ。よたよたと歩く仕草さえ味わい深く、一秒たりとも見逃したくない、と思った。そして、「チキ・チキ・バン・バン」を皆で楽しむシーンは、本当に幸せに満ちており、心温まった。
 サンダーバード、マイティ・ソー…とワクワクが詰まった明るいアメリカ文化に夢中になりながらも、故郷を離れようとの提案には身を震わせて泣き、拒むバディ。父母もいったんは思い留まるが、ある事件から事態は急展開する。
 終盤、ふとポルトガルのドキュメンタリー「ヴァンダの部屋」が思い出された。ヴァンダたちは、薬物にまみれたコミュニティに留まっている。彼女たちはそこから「出ていけない」ように見えるが、実際は「出て行かない」のかもしれない。最終的には、ヴァンダとバディ一家は、対照的な事情から故郷を離れることになるが、そこには「生まれ育った場所への愛着」という共通点がある。「こんな場所にいては不幸だ」というのは、よそ者の一方的な思いに過ぎない。どんな物事の見方捉え方にも、絶対はないのだ、と改めて思う。
 また、本作の力強さには、カメラのダイナミックの動きも貢献している。スクリーンいっぱいに、正面からまっすぐ人物の表情を捉えたかと思うと、カメラは彼らを下から見上げ、次にはぐっと上から見下ろし俯瞰する。これは誰の視点なのか。初めはバディなのかと思ったが、人々を広く捉える視点は、彼ではない…。本作の最後に「出て行った者、留まった者、そして命を落とした者へ」と献辞がクレジットされる。もしかすると、カメラの視点は、地に埋められ、天に昇った者たちのものかもしれない、とふと思った。彼らは今も、ベルファストを見守っている。
 幕切れのおばあちゃんのシンプルな言葉が、力強く、温かく、胸を打つ。期待と不安が入り混じる、新生活にふさわしい映画だ。

cma