「心にメッセージが残る秀作」ベルファスト しろくまさんの映画レビュー(感想・評価)
心にメッセージが残る秀作
ラスト、主人公たち家族はベルファストを去ることになる。
家族の乗った空港行きのバスを、こっそり見送るおばあちゃん(ジュディ・ディンチ)の顔がアップになり、彼女は「Go(行きなさい)」と言う。
そう、家族はベルファストをあとにする。
この町に残る彼女は「ベルファスト」そのものだ。
このシーンで、本作のタイトルが「ベルファスト」であること、そしてケネス・ブラナーが生まれ育ったこの町こそが主人公なんだな、と腑に落ちた。
この映画の舞台は、北アイルランドの中心都市ベルファストの、さらに狭いエリア(日本語でいうと“ご近所さん”という感覚)。
そこは、暮らす全員が顔見知りのような場所だが、カトリックとプロテスタントの政治的な対立から暴動が起き、町は分断されようとしていた。
バリケードが築かれたり、治安のため軍が駐留したりと、町はかなりの緊張状態にあるのだが、子どもたちを中心に、そこに暮らす普通の人々の日常を描く。
主人公は小2(たぶん。九九を勉強しているので)のバディ。この子役が絶品なんだけど、彼を取り巻く両親や祖父母がまた素敵。
「失われた地平線」「チキチキバンバン」「恐竜100万年」など古い映画が多く登場し、映画愛が溢れているのもイイ。
(ケネス・ブラナーが監督した)「マイティ・ソー」のコミックが登場するのもクスリと笑える。
後半、2度めの暴動が起きて以降、素晴らしいシーンの連続。
そして日常の何気ないエピソードを描いていたように見えて、ラストに向かって次々と伏線が回収されていくのが見事。月旅行、成績と席替え、おじいちゃんの病気、そしてお父さんの出稼ぎ問題などなど。さりげないけど、仕事が細かい脚本に唸る。
特に万引きと略奪の対比については、「人を殺すと国によって裁かれるのに、戦争での殺人は許されるのか?」という問題を考えさせられた。
地域の分断は、主人公たち家族の分断と対比される。主人公の母親と、出稼ぎで単身赴任している父親との言い合い。そして、おじいちゃんの死。
両親のケンカは地域の分断が原因となっている。そのバカバカしさ。そしてイデオロギーの対立やケンカによらなくても、いつか人は死んで永遠に別れなくてはならなくなる。そのことを、おじいちゃんの死は示している。
家族の分断を収束させた、おじいちゃんのお葬式の後のパーティー?(日本でいう“直会”か)での、お父さんがお母さんに捧げた歌にグッとくる。
そして家族は一つになって、故郷ベルファストを離れることを選ぶのだ。
町を去る前に、好きな女の子にお別れを言ったバディ。
バディはお父さんに「(彼女はカトリックなんだけど)僕はあの子と結婚できる?」と尋ねる。
すると、お父さんは、「出来るさ。フェアで優しくてお互いに尊敬し合えるならね」と答える。
本作の舞台は1969年。それから50年以上が経ったが、この世界から宗教やイデオロギーによる紛争はなくなっていない。この現実に対して、お父さんのセリフが心に響く。
100分足らずの小品のおもむきだが、素晴らしい役者の演技が楽しめ、観る者に確かなメッセージを残す秀作である。