「映像のノスタルジーとどうしても伝えたいメッセージが融合したアイルランドとイギリスの合作映画」ベルファスト Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
映像のノスタルジーとどうしても伝えたいメッセージが融合したアイルランドとイギリスの合作映画
今年62歳を迎えるケネス・ブラナー監督の北アイルランドの生まれ故郷ベルファストで過ごした少年時代を、哀歓を共にした家族の想い出として綴ったノスタルジー映画。しかし、他の多くの郷愁映画にあるセンチメンタルな余情は薄く、北アイルランド紛争に巻き込まれた家族の絆をモノクロ映像のシャープなタッチで描いている。祖母と祖父の温かい眼差しに見守られ、父と母が一生懸命に生きる姿を垣間見て、頼りになる兄を持ち、憧れの少女との結婚を夢見るやんちゃな9歳のバディ少年に投影したブラナー監督の映画への想いは、“子供らしさを捨てざるを得ない瞬間”に心動かされたとある。それが1969年の8月15日から始まった大人社会の対立と衝突だった。
北アイルランド紛争のプロテスタントとカトリックの対立は、16世紀の宗教革命に端を発して、イングランドのヘンリー8世のローマ・カトリック教会からの離脱を切っ掛けに激化していったという。それが結局20世紀半ばのアイルランド共和国誕生の時に禍根を残したまま、北の一部がプロテスタント支配の統治になっていた。他の映画ではカトリックのIRAの抵抗を描いた作品でその問題の複雑さを知ることが出来る。しかし、この映画はそんな歴史の流れを知らなくても充分楽しめるのがいい。それは当時のブラナー監督が無邪気に楽しんだであろう映像の記憶が次から次へと紹介されて、時代の再現に懐かしさをいやが上にも掻き立てられるからだ。暴動の1ヵ月前の人類初の月面着陸をテレビの生中継で観た衝撃、古い映画ではゲーリー・クーパー主演の「真昼の決闘」とジョン・ウェイン主演の「リバディ・バランスを射った男」の西部劇、テレビ番組ではイギリスを代表する「サンダーバード」とアメリカSFドラマの金字塔「宇宙大作戦」、そして家族皆で映画館で楽しむ「チキ・チキ・バン・バン」とラクエル・ウェルチ主演の「恐竜100万年」が出てくる。映画のクライマックスであるバディ少年の父と暴徒の主導者ビリーの対決を西部劇風に描き、「真昼の決闘」へのオマージュを楽しく演出しているし、そのウェルチ映画の見所が大人と子供で違うのが可笑しい。ここで興味深いのは、ブラナー監督自身の”映画はカラフルな想像の世界への逃避”とする言葉だ。
1969年当時11歳だった私は、学校が終わると独りで日本と世界の地図を眺め、時にノートに色鉛筆で地域や国を丸写しして楽しんでいた。アイルランドの北の一部が何故イギリス領なのか不思議に思っても理由には興味がなく、都市や川や山などの名前を覚え、鉄道の線路や都市の規模を描くのに没頭していた。アポロ宇宙船の着陸機のプラモデルを作って白黒テレビの上に飾り、サンダーバード2号のプラモデルで遊び、テレビでは毎週のように「サンダーバード」と「宇宙大作戦」を夢中になって観ていた。そして時に季節上映される田舎の映画館では子供映画のカラー映像に見惚れていた。記憶のモノクロが現実で、カラーが夢の世界というブラナー監督に思わず共鳴してしまう。
この映画が素晴らしいのは、ブラナー監督個人の体験を映画やテレビの映像の記憶を頼りに効果的に構成して主人公バディの少年らしさを再構築しているところである。今60代を迎えた人生を省みる年代には堪らないと思う。それだけではなく、家族の会話にあるユーモアと教えの優しい人間愛がイギリスとアイルランドの俳優たちにより、見事に演じられている。祖母グラニーのジュディ・デンチの深く落ち着いた存在感は流石だし、祖父ポップの何処か憎めない愛嬌と悟りのキアラン・ハインズも素晴らしい。カトリーナ・バルフの故郷を愛する気持ちと家族の身を案じる狭間の母親の感情表現もいいし、ジェイミー・ドーナンの細身ながら安心感のある父親像も好感持てる。そして何より、この夫婦格好良すぎる。ラストの歌と踊りのシーンには、これはミュージカル映画のワンシーンかと錯覚させられるくらいだ。そして、主演のジュード・ヒル始め子役たちの演技も見事に映画の世界観に溶け込んでいる。ケネス・ブラナー監督の本領が発揮された演出を感じることが出来た。
演出で一つ面白かったのが、主人公と女友だちが苗字で判断するカトリックとプロテスタントの区別の会話シーン。答えは最後分けられないことで落ち着くが、ふたりの間を級友たちが何度も行き来するのを敢えて入れている。衝突や対立を生む思い込みやレッテル貼りを諫める監督の心の批判を、子供たちに演じさせるこのメッセージ性が素晴らしい。映像のノスタルジーと現代にどうしても伝えたいメッセージが、温かいホームドラマの中に綺麗にまとめられたアイルランドとイギリスの価値ある合作映画の秀作であると思う。
返信いただきありがとうございました。昔、東欧の小さな国に住んでいたことがあり、このようなモノクロの作品に出会うとそのとき受けた印象がよみがえり懐かしさが込みあげてしまいます。そんな私の感情的な文章のあとで、冷静かつ端的に作品に向き合われているのを拝見し(他作含め)心が動きました。