母性のレビュー・感想・評価
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女性の皆さんは、共感とかするのかな。
勝手な事を言わさせて貰っちゃう…⁉︎
私個人の意見という事で,思った事を掻(カ)い摘(ツマ)んで書き込んで行く事で解りにくいかもしれないので、テキトー?に聞き流して欲しい処なのかもしれない…。
映画作品のレビューというもの自体が,私は非常に好きなので在り、色んな当て嵌(ハ)まる日本語って狡(ズル)く&多種多様な言い回しがある。と言うか,ハッキリして居なく誤魔化した言葉が山ほどに有ると思う。
最初が長過ぎた。 キャスティングで好きか嫌いかでも&その作品の印象自体が十人十色な所もまた楽しめる。 相変わらず,大地真央は全く年齢すら感じさせない程、お美しい限りに感じさせた。 後に書くと言う事は,そんなにファンとかじゃ無ければ、頑張ってる感は感ずるが…永野芽郁。 だが,私には戸田恵梨香は善かった様に思えた処。 高畑淳子はどうしても大袈裟にやっている様にしか見えなかったのが悲しい処…。
※シナシオ自体は、非常に好きでキャスティング次第で,別物になる様にも感じさせた❗️
男(私)には理解出来ない世界。だから湊かなえワールドか。この📽️を作った男達(監督含め)は本当に理解しながら作ったのだろうか。
(原作既読)①湊かなえの小説は『告白』があまりに面白かったので『ポイズン・ドーター、ホーリー・マザー』まで全作読破した。(その後の作品はちょっと間を置いている)。その読んだ中で、『母性』は『境遇』『高校入試』と並んであまり感心しなかった作品。そして本映画化作品もあまり感心出来なかった。(湊かなえ作品に特徴的な女性の持つイヤーな「闇」の部分の描写が少なかったせいか、話自体が作り物臭すぎたからか。)
②先ず、大地真央と戸田恵梨香との間の麗しい母娘愛というのが歯の浮くような台詞ばかりの浮世離れした世界で観ているこちらが気恥ずかしくなってくる。大地真央が演じているからかまるで宝塚の舞台の様にリアリティーがない。
この母娘“その一”がいびつなので続く母娘“その二”もいびつになるのも当然だと思われてくる。
②元々原作の方も面白くなかったので肝の部分以外は殆ど筋を忘れていて今回映画を観て思い出したくらいだが、肝の部分にしても火事の中で、娘“その一”が“娘その二”を優先して助けるために母“その一”が⚪⚪をするのは作り話臭いと、原作を読んだときから思っていた。今回も母娘“その一”の関係性をもっと人間臭く描いていたら、あのシーンにも幾らかの説得力が出ただろうと思うのだが。
③その後の戸田恵梨香はまるで「おしん」みたいだが、あんな陰気臭い顔をされていたら高畑淳子演じる義母みたいに嫌味を言いたくもなるもの。自分が歳を取ったからか義母の言い分の方が正しく思えてそちらに共感してしまった。
④女性には“母”か“娘”かの二通りがある、という切り分け方も乱暴だと思うけれど(湊かなえの良くできた方の作品群に描かれる女性達はもう少し複雑な内面を持っている筈だが)、大地真央演じる“母その一”は“娘その一”の戸田恵梨香に結局何も教えていない、“娘その一”且つ“母その二”の戸田恵梨香は“母その一”に喜んで貰うために“娘その二”を生むなんて母でも何でもないし、“母その一”の死から何も学んでいない。永野芽郁の“娘その二”も母親の顔色ばかり気にしているのは“娘その一”と形は変わっても中身は同じで、結局この三人の関係性からは“母性”とは何であるかが伝わって来ない。
⑤皮肉なことに高畑淳子の義母に一番“母性”を感じたし、如何にもいそうな口うるさい姑を絶妙に演じて一番笑わせてくれた。『舞い上がれ』の“ばんば”との演じ分けも見事な、この映画で最も人間臭く且つ女臭かった一番の功労者である。
⑥廣木隆一は『あちらにいる鬼』では感心したが、今回は題材を上手くさばけなかったようだ。
―追記―
久々に大阪梅田の箱の大きい映画館で映画を観たがほぼ満席。並んでいる人が多すぎてポップコーンやドリンクを買う気にもならないし時間もない。奈良ではないことだ(『ワンピース』とかは知らないが)。やっぱり大阪は人多いわ。
タイトルに騙されたくち?
異世界
紡ぎゆく命
サスペンスとしては残念ですが、ドラマとしては面白い
え〜っと、大地真央〜戸田恵梨香〜永野芽郁ってあり得ない美形一族ね。で、大地真央から愛情深く育てられた戸田恵梨香が永野芽郁を素直に愛せないってのが、メインストーリー。
途中で色々あって義母の高畑淳子も、母その2、なります。
ラスト近くに永野芽郁が「女って母か娘かの2種類しかいない」って、フェミニストが聞いたらキーってなりそうな発言があるのですが、このセリフが本作のテーマですね。
もう一つ抑えておく必要があるのが世代。多分、戸田恵梨香が1960年代後半に20代半ばぐらいで結婚・出産する設定なので40年代半ば生まれ、戦後のベビーブーマー=団塊の世代です。なので、実は永野芽郁は実は団塊ジュニアです。つまり、今の50代ぐらいの世代の若い頃、1990年代が物語の終わりの頃って話。
そう考えると、ぶっちゃけ、この作品は「冬彦さん」の話なんですね。冬彦さんって言ってもピンと来ないですかね。「ずっとあなたが好きだった」って92年のドラマですよ〜。母子もの、としては冬彦さんが「夫になれない息子」で、こちらは「母になれない娘」です。
まあ、おふざけはこの辺にしておき、、、。
戸田恵梨香や高畑淳子が一貫性のない矛盾するような言動を示すのは、リアルだな〜と感じました。人の感情って愛憎が混じり合っているものですよね。
最初の大地真央&戸田恵梨香の絵空事のような「仲良し親子」がだんだんとエグいぐらいにリアリティが出てくるのが、ゾクゾクします。
母視点、娘視点で同じ出来事が違った捉え方をしていて、お互いの愛情のもつれとなっている、というのは面白い。一方で、湊かなえの叙述トリックがサスペンスとしての見せ場なのですが、ストーリー的には、残滓のようなものは感じますが、役者の顔が出てしまっていると、ネタバレ見ている感じでした。
高畑淳子、爆誕。ポスト浦辺粂子か、ポスト市原悦子か。
凄い!戸田恵梨香さん(宗教的世界に入り込んでる!)
愛能う限り娘を愛しなさい。
物語は、母親視点、娘視点の二つの視点から描かれる。
「母性」とはなんだろうか?ある辞書には「本能的に女性に備わっているものではなく,一つの文化的・社会的特性。」と記述があり、もう一方の辞書には「女性に備わっている、子供を生み育てる資質。」と記述があった。私自身も母親からは無条件に愛を注がれ、それが当たり前の様に育った。辞書からも異なる記述があるように、この異なった記述こそが母親と娘の食い違いを加速させていく。
ルミ子は母親から無条件の愛を最大限に注がれ育った。しかし、その無条件の愛こそがルミ子が娘よりも母親に依存してしまう原因を作ってしまった。娘を愛せない母親、母親に愛されたい娘、この言葉を書くだけでも悲しくなってくる。
映画は見る人によって感想が変わるが、この映画はそれが顕著に現れると感じた。私は娘を愛さない母親に心底憎しみを感じた。劇中の最後で娘を愛する感情、「母性」が目覚めたような雰囲気になっていたがいつもの様な単調で淡白な言い方で私にはまだ母親の依存から解かれていないと感じた。
「母性」を感じることで子供は自分の存在価値を見出すと心理学論文に記述があった。劇中の女子高生自殺、娘の自殺未遂は自分の存在価値を母親から認識して欲しかったのだろう。
母親視点の感情、娘視点の感情、この二つの気持ちに一つずつ寄り添ってもう一回観賞したいと思った。
母性は持って生まれたものではない
母、娘、命が引き継がれていく。
女は、母と娘のどちらかしかいない。
母に深く愛されたルミ子は、自分が母になっても娘だったのね。うーん、娘が母になる瞬間とはいつなのでしょう。
ルミ子の娘、さやか(後半でようやく名前が分かりました)は母の愛を受けたくて必死に見える。
同じ場所で同じ言葉を聞いても、捉え方は人によって違う。正確な感情を言葉で伝えるのは難しいから、普段のコミュニケーションが大事。ん、正確な感情ってなんだ?伝える必要あるのか?そこに愛はあるんか?あら?
義母の振る舞いが酷すぎる。それに対するさやかの反応は分かるけど、ルミ子の気持ちがよく分からない。。日本中、特に田舎の方ではよくある家庭事情かなと。
わたしは母なのか、娘なのか。場合によって切り替えているのか。
映画を見ていて、いろんなこと考えました。
観てよかったです。
そして母になる?
大体の大人は「子供でいられなくなった」だけ
原作未読で観賞。
このレビューのタイトルは、
知っている人もいるかもしれないですが
とある漫画の台詞です。ただしくは
「大体の大人は大人になろうとしたんじゃなくて、子供でいられなくなっただけなんだから」。
これはそんな映画。
この作品の見所、
主人公である母と子は勿論なのだが
大地真央、高畑淳子演じる「祖母」。
どちらも演技が素晴らしい。
特に高畑淳子さんの嫌味たらしい演技は
迫真すぎて、心が持っていかれる。
まぁ正直言って終始明るい作風ではなく、
見る人によっては心が痛くなる部分も多々ある事だと思います。
予告だけ見るとサイコホラーかなにかと
見間違えてしまいそうですが、それ系ではありません。
ジャンルは…一応謎を抱えたまま進んでいくのでミステリーなのでしょうか。
まぁ簡単に言えば「毒親」を主軸とした話です。
「真実は人の数だけあるけど、事実は1つ」
これも漫画の台詞です。
真実なんていう物は受けとる人によって
都合のいいように解釈されただけの代物なのだと改めて感じました。
予告が本編をつまらなくする典型的な例
2022年劇場鑑賞276本目。
予告を見る限りでは「告白」の中島哲也監督最新作で、親子がショッキングな殺し合いでもするのかな、みたいな印象でしたが全然違うじゃん!
監督がまず違うし、冒頭で亡くなった女子高生は永野芽郁じゃないし(その記事を永野芽郁が読んでるシーンから登場)なんなんこれ?
あんなに好きなドラマのハコヅメで先輩後輩だった戸田恵梨香と永野芽郁が親子をすることにどこかの記事を目にしてようやく気づいたのですが、同じ歳の吉永小百合と田中泯が親子を演じたのに比べたらKAWAIIもんですよね。
永野芽郁の役の子供の頃を演じた子の表情の使い分けが素晴らしかったのと、高畑淳子が愛しのアイリーンの木野花を彷彿とさせる(いや、さすがにあっちの方が群を抜いてすごかったですけど)鬼姑を演じていたのは良かったです。
ただ、先に書いた予告で期待していたものと全く違うものが出てきたことと、表情の演技は天才的だと思うのですが、声優をやった時に声の演技は正直今ひとつだと思った永野芽郁のモノローグが多かったことで評価は低めです。
高畑淳子さんがさすが
みんなからお嬢様育ち言われてて
それでも出きることはやり続けて
「私は働いたことのない専業主婦でお金も無いから離婚は出来ないの、我慢するしかないの。」
って言わないのはホントにスゴいと思う。
「義母のおかげでここに居れる」って言って奉仕して最後に息子を忘れて戸田恵梨香を
「私の大切な娘」って言わせてるのはそこまで接し続けてきたってことだからとんでもない根性持ち。
でも娘のことはさすがにちょっと。
共感できるところと、ものすごく
「湊かなえ原作」
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