「私たちの未来に光がありますように」マイスモールランド 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
私たちの未来に光がありますように
クルドって何処…?
多分ほとんどの人が、劇中で奥平大兼演じる青年と同じく思うだろう。
国を持たず、主にトルコ、イラク、イラン、シリアなど中東地域に分布。人口数は4600万人以上と言われている。
我々はそんな基本情報すら知らない。
ましてやその歴史、日本の入管の実態、彼ら個々が何を思うのかーーー。
こうやって映画を通じて知り得たのも何かの縁。
意欲的な作品で、意義ある作品。
かつてはオスマン帝国の領内に存在していたクルド人。が、第一次大戦でオスマン帝国が敗れてからは中東各国に分布。それぞれの国の情勢、武力抗争などにも翻弄され、難民としてあり続け…。
迫害を逃れ、日本にやって来たクルド人たちも少なくない。主に埼玉県の蕨市や川口市に暮らし、その数は2000人以上と言われている。
争いは無く、平和な日本。ようやく見つけた安住の地…ではなかった。別の不条理が彼らを襲う。
日本で難民申請が認定されるのは1%未満。1%未満って…。じゃあ、残りの99%は…? “仮放免”って場合もあるらしいが、要は不法滞在の身。故に仕事をする事も出来ない。驚いたのは、県外に出る事も出来ない。もし、違反したら…。
ある日突然、認定ビザが失われる。ずっとここで暮らしていたのに…。
入管で身柄拘束。行く行くは強制送還…。
自由を求めて平和な日本にやって来たのに、そこで遭う過酷な現状…。
逃れてきた国に居るのと日本で暮らすのと、どちらがいいのか…。そんな疑問すら浮かんでしまう。
日本の入管が厳しいのもそれなりの理由があってだろう。実際、悪質な不法滞在者も少なくない。
だが、そうなってしまった事、せざるを得なくなってしまった事、彼らをそう追い込んでしまった事、本当に苦しんでいる難民たち…。
どうすべきか、何とかならないのか、今一度見直すべきではないのか。
本作を通じて、一人でも多くの人たちに届いたら…。
作品は一人のクルド人少女の視点で描く。
17歳の高校生、サーリャ。幼い頃日本にやって来て、以来ずっと日本で暮らす。
母親は亡くなり、父、妹、弟の4人暮らし。
将来の夢は小学生の先生。日本に来たばかりで日本語も分からなかった幼い頃、よくしてくれた先生に憧れて。
その夢の為に、父親に内緒でコンビニでバイト。
ごく平凡な女の子。
そう、ごく平凡な女の子なのだ。学校では友達と遊んだり、バイト先の男子の事が気になったり…。
では、何が違う…?
やはりそこに、“クルド難民”という壁が立ち塞がる…。
ある日突然、難民申請が却下。一家を支えていた父は働く事も出来ず、県外に出る事も出来ない。サーリャのバイト先は埼玉と東京の県境。
働かなければ生活出来ない。一家の生活はやっとの事。
サーリャもこっそりバイトを続けていたが、父親が入管に身柄を拘束されてしまう。
突然一家を襲った理不尽な現実…。
幾ら法とは言え…。
法というものは、国民一人一人の尊厳を守る為にある。よりよい国家にする為にある。
しかし、時としてそれが、弱者を苦しめる。
法を盾にされたら、どんな理不尽でも抗う事は出来ない。ずっと日本で暮らしてたのに、突然不法滞在者と言われても…。
入管の他人事のような事務的対応。さすがご立派なお偉い管理側だ。人一人の事、営みなどどーでもいい。法なんだから法に従え、とでも言うように。
そう言い渡された側は…
収入がストップ。貯金でやりくり。でも、それも微々たるもの。
友達の紹介で“パパ活”をする。外国人ならではの容姿と美貌を活かすも、寄ってくる男どもは下心見え見え。
バイト先にも認定却下が知られ、居られなくなる。
いつか行こうと約束したバイト先の男子との大阪旅行も行ける訳なく、抱いた夢すら…。
何の見通しすらままならない。
辛いのは直面する数々の現実もあるが、これを機に改めて知る、自分が外国人である事。
バイト先の老女客の一言。決して差別や偏見や悪意があって言った訳ではないが、チクチク突き刺さる“ガイジン”扱い。
確かに自分はクルド人だ。でも、ずっと日本で暮らしている。これからも日本で暮らしたい。日本が故郷だ。
ここに居たいと思うのは、ダメな事なのか…? 違法で罪なのか…? そんなにも許されない事なのか…?
彼女の眼差し一つ一つが、切ない。
本作が商業デビュー作。いきなり難しいテーマを取り上げ、徹底した取材の下、問題提起しつつ、一人の少女の青春、成長、アイデンティティー、家族や民族の物語として纏め上げた川和田恵真監督の手腕は、また一人凄い新人監督が現れたと唸らされる。監督自身も日本人とイギリス人のハーフ。だからこそ、よりメッセージが響く。
サーリャ役は実際のクルド人ではない。もしクルド人を起用して、いつぞや認定が却下された時、問題から守る為起用を断念したという。
この難しい主演を射止めたのは、まさしくフレッシュな逸材!
嵐莉奈。モデルで、本作で女優デビュー。
ドイツ、日本、イラン、イラク、ロシアの5つのルーツを持つ。
一目見ただけで吸い込まれるその圧倒的な美貌は、彼女こそ“千年に一人”に相応しい。
加えて、劇中で繊細な演技まで魅せるのだから恐れいった!
今後の活躍に本当に期待!
この二人の若く才ある監督と主演女優の出会いがあってこそ、本作は生まれたと言って過言ではない。映画に存在する奇跡の瞬間。
サーリャと惹かれ合う男子、聡太役の奥平大兼。
藤井隆、池脇千鶴、平泉成ら実力派がサポート。
でも特に印象に残ったのは、サーリャの家族。知って驚き! 嵐莉奈の実の家族だという。
それを知ると、自然体なやり取り、家族でラーメンを食べるシーンのささやかな幸せ、じわじわしみじみほっこり滲み出すものに納得。
お父さん、いい味出してたなぁ…。本来は日本語ペラペラで、劇中の片言の日本語は演技だとか。これまたびっくり!
サーリャを突然襲う不条理と理不尽。
しかし、日本での事全てが嫌な事、悪い事ではない筈。
友達や淡い初恋…。
夢を抱いた。
勉強もバイトも頑張った。
私はここに、存在した。
自分は何者か…?
日本人ではない。が、ずっと日本で暮らし、これからも日本で暮らしたいと切に願っている。
クルド人ではあるが、日本以外で暮らした記憶は無い。自分たちのルーツも人伝えぐらいにしか…。
だから時々、クルド人の儀式にもうんざり。だけど、彼女たちを囲む同胞たち…。
クルド人である事も忘れてはならず、誇りであらなくてはならない。
クルド人と日本、二つの恩恵を受けて…。
ラスト、父親のある決断。
それを受けたサーリャの選択。
受け入れなければならない現実。この問題は続いていく。
いつか、訪れるだろうか。
この“スモールランド”が、彼女たちにとっても“ビッグカントリー”になる日が。
そんな日を願って、努力して。
クルド人と日本人。私たちの未来に光がありますように。