「穏やかな色彩を帯びる孤独と懊悩」カード・カウンター penさんの映画レビュー(感想・評価)
穏やかな色彩を帯びる孤独と懊悩
1976年公開の「タクシードライバー」(29回カンヌパルムドール受賞、アメリカ国立フィルム登録簿1994年登録)は公開当時とても感銘を受けた作品でしたので、マーチン・スコセッシとポールシュレーダーの45年ぶりのタッグ作品と聞いて足を運びました。鑑賞後思ったのは同じ孤独と贖罪をテーマにした作品ながらも、少し趣がちがうということです。
本作の主人公ウイリアム・テルが獄中愛読していたのは、ローマ五賢帝の一人マルクス・アウレリウスによる「自省録」でした。
この本は、当時辺境民族の平定(戦争)の指揮にあたり、ローマ帝国じゅうを転々としながら、自分自身に語りかける形で記された日記のようなものなのですが、死を恐れる必要のない理由を、「死後自身を構成していた原子は離散するが、この宇宙では、何一つ失われることはない」と言った趣旨のことに求めるなど、極めて内省的です。(最近映画監督にも挑戦した女優の池田エライザさんの愛読書一覧にも掲載されているのを映画雑誌で知り、へぇと思って感心しました。)
そして、彼は、その哲人皇帝と同じように、自身の日常と心証風景を日記にしたためるのですが、その内容は45年前に観たトラヴィスが記した「薄汚れたこの世界を掃除しなくてはいけない」と言った狂気や、初デートでいきなり彼女をポルノ映画館に連れて行ったりする非常識を感じさせるものはなく、たんたんとしたものでした。
つまり「タクシードライバー」のトラヴィス同様、戦争(ベトナム戦争→イラク戦争)を契機に、魂に深い孤独と贖罪の懊悩を抱えながらも、その懊悩を見つめる視線に年齢と経験の蓄積に応じた達観と穏やかさが加わったとでもいいましょうか。「タクシードライバー」と比べるとその分、ストーリーが淡々としている(特に前半)のはいかんともしがたい感じはありますが、その分ストイックさがより強調され、全体に、抑制されバランスのとれた作品に仕上がっているようにも思いました。
そして主人公の想念は多分監督・脚本のポールシュレイダーの想念にもつながっている様に思います。低予算でも自分の信念を曲げずに撮るべき映画を撮りたい。既にご高齢(76歳)なので遺作のようなつもりで製作されたのでしょうか。頭が下がります。オスカーアイザックの演技が素晴らしかったです。