「映画を撮るということ」コンペティション talkieさんの映画レビュー(感想・評価)
映画を撮るということ
〈映画のことは〉
「それで、どんな映画を作るんですか?」
「俺に、そんなことが分かるか。」
たぶん本作のようなコトなのだろうと思います。映画を一本撮るということは。
そもそも映画は「総合芸術」であり、監督は言うに及ばず、俳優も(そしてキャメラマンなどのスタッフも?)それぞれ、いわば「芸術家」であるわけですから。
それらの個性の強さと言ったら…推して知るべきでしょう。本作は、それぞれの個性を痛烈に風刺しているようで、その点、見ごたえすら感じられます。
予告編の「映画業界の見てはならない裏側」というフレーズがあったのも、至極もっともなことと思います。評論子は。
(役どころや演技については一家言も二家言もあり、そして一癖も二癖もある…そういう個性派を取りまとめるのが、意外と監督の腕の見せどころなのかも知れない。)
以前に、評論子が入っている映画サークルの上映会で、上映作品の監督さんにお出でをいただき、お話を伺ったことがありましたけれども。
「もし、引きこもりのお子さんがいらっしゃれば、映画の撮影現場に連れて来なさい。一本の作品を仕上げようとする皆の熱気に、必ずや圧倒されることでしょう」とのこと。
ややコミカルに描かれてはいましたけれども。
「ぶつかり合い」は、実は、とりも直さず「素晴らしい作品を作りたい」という情熱や意気込みの彼我の交錯なのかも知れないも思いました(きれいに言えば…ですけれども。その実は、意地や見栄の張り合い?)。
舞台劇から叩き上げたというイバンにしろ、ハリウッドで鳴らしたフェリックスにしろ、そして監督のローラにしろ。
その点をコミカルに描いた点で、佳作であったとも思います。本作は。
(追記)
<映画のことば>
賞も何かの役に立ったみたいね。
お二人さん、自我のエクササイズよ。
もともと「芸術」というのは、既成の権威からはみ出して新しい美や真実を見出すもの。
「落とし話」として、お上のご政道を揶揄したりしていた落語が、その「お上」から表彰を受ける=文化勲章をもらうのはおかしいと、反旗を翻した落語家がいたとも聞き及びます。
映画も、各賞の受賞=時の権威に認めてもらうことが、あたかも「勲章」のようにもてはやされるのは、本来は、おかしなことなのかも知れないと、評論子も思います。