「流麗だが不気味な音楽が非常に効果的な一作。」パワー・オブ・ザ・ドッグ yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
流麗だが不気味な音楽が非常に効果的な一作。
第94回アカデミー賞で監督賞を受賞した本作、出来映えを鑑みるとカンピオン監督の受賞は当然と思えるものの、作品の持つ力強さ、前評判の高さからすると、他の部門での受賞をことごとく逃しているのはとても意外でした。
米国西部が舞台となっているものの、撮影はカンピオン監督の故郷でもあるニュージーランドとオーストラリアで行われています。それもあってか人々を取り囲む風景の雄大さは非常に印象的ですが、とは言っても、西部劇として見ても全く違和感を感じませんでした。ロケーションの選択の巧みさでしょうか。あるいは実際に米国西部に住んでいる人からすると違いが分かるんでしょうか?
題名を旧約聖書から引用するなど、そこかしこに宗教的な要素を見て取ることができます。牧場主の兄弟による絆と諍いの物語は、カインとアベルの物語をなぞるように展開するのかと思いきや、ベネディクト・カンバーバッチ演じるフィルの複雑な人物造形は、観客の憶測を超えた側面を見せます。荒くれた男達を率いるために、過剰とも言えるほど「男らしさ」を強調する一方で、実は深い学識と教養、さらに美的感覚を備えた人物であることが明らかになっていきます。自分の生き方に信念を持ち、自信に満ちあふれているように見えるフィルの内面の葛藤を本作では、流麗な筆致やクラシック曲の口笛などで効果的に表現しています。
風景に目を奪われがちですが、本作では音楽が重要な役割を担っており、例えばローズ(キルスティン・ダンスト)とフィルが一種の共演を行う場面において異様な緊張感をかき立てます。本作の音楽担当は、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドとのこと。それもあってか、本作を観ながらどことなく同様に彼が音楽を手がけた『ファントム・スレッド』(2017)を連想しました。
ものすごく余談ながら、予告編のタイトルに誤植があり(『パワー・オブ・ザ・”ドック”』になっていた)、危うく間違えて周囲に吹聴するところでした…。公式の予告編映像は直して欲しい…。