「何かに憑かれたようなカンバーバッチの眼差し」パワー・オブ・ザ・ドッグ 清藤秀人さんの映画レビュー(感想・評価)
何かに憑かれたようなカンバーバッチの眼差し
1925年のアメリカ、モンタナ州で大牧場を支配しているのは、西部男のエッセンスをぎゅう詰めにしたようなマッチョで頑固なフィルだ。しかし、フィルにとって最も近しい存在だったはずの弟、ジョージが、食堂の主人、ローズと結婚することになり、兄弟の関係は軋み始め、やがて、とんでもない方向に展開していく。
フィルはその男性的な風貌や価値観とは裏腹に、実は東部出身のインテリで音楽の才能もあること、男らしさを強烈に発散している反面、ある秘密を隠していること、などが、ローズと、そして、彼女が連れてきたか細くて女性的な雰囲気を漂わせる息子、ピーターと出会ったことで、徐々に解き明かされていくのだ。
多少勿体ぶった描写はあるものの、話の展開はスリリングで心理サスペンスとして目が離せない緊張感が続く。マッチョの象徴だったフィルが少しずつ素顔のベールを脱いでいく一方で、ピーターが隠し持っていた気骨を徐々に露わにしていくプロセスは、何かが起きそうな気配がしてドキドキする。
ジェーン・カンピオンは今の時代に通じる男性性のまやかしを西部劇のフォーマットを使って訴えかけているようだ。でも、筆者は自分らしくない人生を選択してしまったフィルの悲劇性にも心を突かれた。演じるベネディクト・カンバーバッチが何かに憑かれたような男の眼差しをカメラに向かって投げかけ続けるからだ。最近のカンバーバッチは絶好調だが、本作はその中でもベストだろう。
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