ある男のレビュー・感想・評価
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人が生きていく中での迷宮
冒頭、そしてエンディングに映される、シュールレアリスムの画家:ルネ・マグリットの絵「王様の美術館」が本作を見事に象徴しています。
人は日常の中で知らず知らずのうちに、一定の固定観念に縛られて物事を見聞きしてしまっていて、ほんの少し視点をずらすと、実は全く異なる世界が広がっている、その危ういほどの微妙なバランスの上を綱渡りのように歩んでいるのが人生である、ということを感じさせる作品です。
本作は、芥川賞作家・平野啓一郎のベストセラー小説の映画化ですが、原作にはマグリットの絵は引用されておらず、このカットを入れる、而もファーストシーンとラストシーンに挿入することで、本作に世の中の不条理感と不可思議で無気味な空気感を漂わせることに成功しています。特にラストは奇怪さがより増幅され、背筋が凍る思いで慄然とさせられ、観終えた後、あまり愉快な思いはしませんでした。
前半は、安藤サクラ扮する武本里枝の視点でホームドラマ風に緩く進み、窪田正孝扮する谷口の事故死から、物語は一気にサスペンス調に切り替わります。ただサスペンスドラマのような体裁を取りながら、冒頭に述べましたように、本作は謎を解くことが主たるテーマではありません。それは窪田正孝の目に終始生気がなく、まるで生きている人でない、一種の亡霊のような感覚がするのが、後々への伏線になっていることにつながります。
そして、物語の転機では常に雨が降っているのも象徴的です。またアクションも美しい自然描写も一切ない、人と人との会話により進行する本作のようなストーリー展開では、つい人物の顔の極端な寄せアップを交互に映し、やたらと無意味に緊張感を強調するようなカット割りにしがちなのが、本作では寄せアップは殆どなく、やや引いた落ち着いたカットでつながれます。観客は寛いで観賞できながら、それゆえにいつの間にかスパイラルに社会の不条理性・不可解性の泥濘に取り込まれていきます。
ただむやみに手持ちカメラを多用しますが、これはあまり意味がありません。画面を揺らして不安感と緊張感を高めようとしているのでしょうが、本作に限っては不要です。私は手持ちカメラのカットのたびに平常心に戻り、却って興醒めしていました。
独特の怪しい空気感が漂う、不思議な趣の本作ですが、率直に言って社会問題を余りにも多く揃え広げて見せ過ぎており、その結果焦点がぼけてしまっています。人種差別・夫婦間の不信・親による差別/虐待・仮面夫婦・戸籍交換・・・、深刻で重篤な問題ばかりで、小説なら読みこなせても、2時間の映像にまとめねばならない映画では明らかに盛り込み過ぎており、脚色に大いに難ありと思います。
さて、タイトルにある「ある男」とは一体誰のことか、脚本通りに捉えれば、その正体を追い求めた、自称・谷口大祐のことなのでしょうが、実は主人公である、妻夫木聡扮する城戸章良のことのようにも、或いは柄本明扮する謎の囚人・小見浦憲男にも思えます。
そう、きっと世の人々は遍く仮面を被った日常と他人には見せない裏の顔を持った、“ある男”なのではないでしょうか。
カテゴリー分けと先入観から開放されたい
自分ではない誰か他人の人生を生きたいと思ったことのある人は意外といるんじゃないか。でも、それはただの夢みたいな妄想だ。現実的に元の自分とは違う人間になるために戸籍を買ったり、別の名前で生活するってことは相当な気遣いが必要。犯罪にかかわっていたり、多額の借金から逃れるくらいの理由がないとそんなことはなかなかできない。
亡くなった愛する夫は別人で、なぜ彼は自分とは違う人間になりすましていたのか。その夫の過去を探る話と思っていたが、予告編のミスリードであった。実際の主人公は妻夫木演じる弁護士。いや、もちろんあの夫婦もメインの話ではある。でも帰化した在日韓国人の弁護士が(無意識にではあるが)自分の出自とからめて、ある男(X)の調査にのめり込んでいく話だと感じた。でもだからこそ面白かった。
ある男(X)が何者でなぜ他人になりすましていたかの真相はあまり重要ではなく(とても重く感動的ではあったが)、その人がその人であるための要素ってなんだろうということを問いかけてくるメッセージの方がより強かった気がする。人は、人をカテゴリー分けし、過去や血縁関係等といった先入観で判断しがち。昔から様々な作品で問いかけられているメッセージではある。でも未だに重い。とても深みのある物語だ。
でも、最後のシーンはどうなんだろう。彼が抱える闇の深さはその直前の家族での外食シーンからもうかがえるのだが、あのバーでのやりとりはそこまで必要なシーンだったんだろうか。妻や子どもとの関係もどうなったのかもこちらの判断にゆだねるということなのかもしれないが、若干消化不良になってしまった。
秀逸でした。
内容的に難しかったので感想
生い立ちが人生を不幸にさせるのはやるせない。差別がない世界になって欲しい。
ラストのよるラストのための映画
先日公開された「母性」で感じたかった胸のゾワゾワが本作にはありました。ものすごい感触...。公開から3週間経ってようやく鑑賞できたわけですが、こりゃ見物。韓国ノワールのような作品です。いや、凄かった。
妻夫木聡、窪田正孝、そして柄本明の怪演。
本作一番の見どころは、間違いなくそこです。
柄本明の登場から物語の雰囲気はガラッと変わり、それと同時に妻夫木聡演じる城戸の様子が変貌。「死刑にいたる病」で味わった狂気に似たものが感じられました。柄本明のおぞましさは流石で、やはり日本映画には彼が必要。そして、妻夫木聡の正気を失ったその姿は「来る」以上で、見ている側も頭がおかしくなりそうになるほど、緊張感溢れる演技を披露。窪田正孝の泣き演技にはとてつもなく胸を締め付けられ、やはりこのような役柄が似合うなと感心。他の役者も良いですが、特にこの3人の演技には圧倒されっぱなしで、高評価に繋がったかと思います。
前半は物語として致し方ないとは言っても、なんだか色々と弱く、飽きはしないけど物足りないってのが正直な感想。妻・里枝の夫に対する思い、夫・大祐の妻に対する思いが全然描かれておらず、この人でなきゃダメだったんだ、こうしてまで君と一緒にいたかったんだ、というのが無い。そのため、サスペンスとしては非常に出来がいいものの、恋愛・家族愛としての質は低く、感情移入が出来ない。もっと長くしてよかったから、そこはきちんと書いて欲しかったな。
しかしながら、後半に差し掛かってからエンジンがかかり、急速に面白くなる。在日、戸籍、死刑問題、それに対する反対運動や反対言動など、色んな要素を盛り込んでいるせいで裏テーマとしては何が言いたかったの?とはなるけど、表面的に見れば単純にめちゃくちゃ面白い人間ドラマだし、伏線回収も上手い。話自体は分かりやすいから支障は無いっちゃ無いんだけど、もっとシンプルでサスペンス一筋!だったらより良かったかも。だけど、ストーリー展開は素晴らしく、今年の日本サスペンス映画ではベスト級に面白いです。
この映画の上手いなぁと思うのは予告。
あの予告じゃ、本当に何も分からない。この結末が予想できるはずがない。特に特報なんて、妻夫木聡がなんの人なのかすら分からないし、すごくよく出来ている。おかげでラストの鳥肌は半端じゃなかった。一つの絵が、一つの映画を見て、全く違うものに見える。お見事な着地点でこりゃ面白い!!!となること間違いなしです。ラストを先に考えて、そこから話を膨らませていったんじゃないかと思うほどに、秀逸な締め方でした。
もっと面白い作品にできた気もするけれど、個人的には大満足。「初恋」ぶりに窪田正孝ボクサーが見れたのも最高に嬉しかった。今年、「さがす」に次ぐ衝撃ラストの日本サスペンス。この機会にぜひ、劇場で。
『誰かの心に残る』ということ
安藤サクラ
面白いけど、よくわからない
ちゃんと解決してるんだけど…。
言いたいことは何となく伝わったんだけど、それだと最後のバーのシーンがいらない感じがする。
謎解きも最初と最後がわかった後に間がわかるのが何となく謎解き要素が薄い。
全体的にスッキリしない。
タイトルなし(ネタバレ)
とても面白いミステリー映画でした。
息子を亡くして日々意気消沈して過ごしていた安藤サクラさん演じる里枝は故郷の文具店で働いていたが、そこにある男が画材道具を買いに通うようになり、二人は徐々に仲良くなっていきやがて結婚するが。その男は群馬県の伊香保温泉の次男坊という経歴と妻の里枝には話していたが、男が仕事中に不運な事故で亡くなってしまったことをきっかけに、その男が実は違う経歴だったことがわかり、その調査をしていくことになり。
とても良くできたストーリーで、最後まではらはらと楽しむことができました。
映画の終盤の里枝の「全部分かってから言うのもなんですが、本当はどんななんだって、どうでもよかったんだなとわかりました。だって、私が彼と過ごした二年半の日々は事実だったんだから」と言うセリフはとてもよかったなと思いました。
妻夫木聡さん演じる弁護士の城戸も自身の出自からこの事件に自身を重ねたり、また男自身の壮絶な人生が描かれていたり、人生についてしっかりと向き合いさせてくれる内容でした。よかったです。
ミステリーと差別と家族愛
短時間でとても丁寧にまとめられていました。
安藤サクラ演じる家族パート
小籔が出てくるミステリーパート
妻夫木の家族と差別パート
この要素をまとめるのは大変だったろうなと思います。
安藤サクラが再び登場したとき、「あ、そう言えば出てたんだ」と思ったくらい、それぞれのパートが濃厚でしたね。
冒頭の安藤サクラの涙のシーン、そして柄本の演技は圧巻でした。本当に「食う」という表現が合うと思います。めちゃくちゃ印象に残りました。窪田さん、でんでん、皆さん演技素晴らしかったです。妻夫木さんは下手ではないけど凄い上手くもないので、小籔出てなかったらヤバかったですね。
妻夫木演じる主人公が、事件を通して自分自身の中にある在日差別への感情や、家族との距離感に気付いていって、最後には自らも過去を全て捨ててしまうという決断に至るというのが、見ていて本当に自然と理解出来ました。苦しかったんだろうなあ、と。
いくつかちょっと無理があるところもありました。特に親子で同じような絵を描くというのは、ありえないかなと。死刑囚の心理状態から来る表現と、その親を憎む子供の絵が一致するのは変ですね。
ミステリーとしての完成度は低めだと思うので、いっそのこともっと簡単に判明させても良かった気がしました。欲張り過ぎかなと。
伊香保、宮崎、東京と舞台を移しながら、象徴的なバー、刑務所、桜と、見ていて飽きさせなかったです。ところで刑務所はブローカーの収監にしては厳重でしたね。柄本なので超凶悪犯に見えてしまうので不思議です。
音楽も良かったですね。映画らしい映画でした。石川監督の地力を感じました。
今後も注目したいと思います。
誰でも 時には ふと"違う人物"に成りきってみたいものです。
謎めいた映画題名とそれに伴う 予告編 は 人を引き付ける魅力があって、
僕は映画館に自然と引き寄せられるように、この映画を鑑賞しました。
ミステリー・サスペンス調の映画に成っているが、実は在日弁護士から描く"在日問題"を考えさせる映画にも なっていた。
"親ガチャ"から得られる自分のアイデンティティを良しとせず、
隣の芝生ならば、青く見えるのだろうか?
男たちは 何も背負っていない処から、人生を再出発したいと考えた。
そんな過去を抱えた2人の男と違い、
肩書ではなく、"今"を大切にしている ある男 の妻子は「真髄のみを大切にした」違いは考え深いものであり、本作の答えであり、誠のテーマとなっていた。
どんな人生でも、それなりの厳しさがあり、「けして蒼くはない」って事
だから、誰かが捨てたアイデンティティでも、他から観れば、魅力的だと言う事。
自分の人生 自分なりに楽しみましょう。
この映画を観た後に、映画「万引き家族」と見比べると面白いかもしれない。
「流浪の月」でも良いかも。
自分とは
後を引く,考えさせられる映画
解りやすそうで難しく,後を引く映画でした.
登場人物全ての設定と演技が非常に良かった.小藪さん演じる同僚弁護士は,映画全体が重苦しくなるのを防ぐ重要な役なのかと思いました.
城戸弁護士は,刑務所で接見した柄本明さん演じる詐欺師に,「あんた韓国人やろ.顔をみたら分かるわ」(セリフを正確に覚えていないので,こんな感じのこと)と,いきなり言われてしまう.大祐探しとは無関係のことなのだが,詐欺師はそれに執拗にこだわった.これまで,妻の家族にも在日3世であることを話題にされたりしていたが,やはりこの詐欺師の言葉が,城戸弁護士の心の歯車をカチャッと狂わせるきっかけになったのかなと思いました.
ここでの柄本明さんの演技はすごいと思います.
最後のスナックでの会話シーンの解釈が難しい.
自分が植えた木は,生きているうちには収穫できない.子供の世代に託していく.
これが意味するのは,他の誰かに入れ替ることの功罪は,次の世代で判断されるのか.
大祐が,自分が切った木によって命を落とすことの理由に絡むのかなと思います.
人は変わることができるという言葉が,なんとも軽く聞こえるように思いました.
他にもたくさんの名場面がありました.良い映画だと思います.
ラベルと中身。何が真で、何が偽なのか。 張り替えると偽なのか。そもそも真とは何か。
映画はたんたんと進み、終わる。
ミステリーとして観ても、人間ドラマとして観ても、胸にとどめておきたいような珠玉のシーンはあるものの、大きなカタルシスに向かってドラマが進むわけでもなく、ラストの意表をつくようなシーンはあるものの、どんでん返しというほどではない。
役者の演技で及第点ではあるものの、すべてが薄まった、帯に短し襷に長し、今一つのうまみが足りないもどかしさに、映画館を後にした。
なのに、なんだろう。後からじわじわ来る。
里枝と、自称大祐、里枝の母も含めた5人家族が、頭の中でかってに動き出す。
悠人が父の面影を追う姿。
城戸夫妻のそれから。
城戸自身の生きざま。
谷口のサイドストーリー。
小見浦のサイドストーリー。
そして、曽根崎のサイドストリー。
原作未読。
かなりはしょって映画化したのだろう。エッセンスだけを集めたように。
ラベル。
合法・違法な手段でラベルを変えることで、変わるもの・変わらないもの。
なりすました自称大祐。
帰化という形で、国籍というラベルを付け替えた城戸。
親の離婚・再婚によって、姓が変わる悠人。
自身の結婚・離婚によって、姓が変わる里枝。
ラベルこそ変えないのに、ラストに鵺の様相を見せる城戸の妻。…あなたは何者なんだ。
そして、その妻の真実を知って、城戸はカオナシになる。
城戸が被った仮面…。心の安らぎを求めたのか。
自分とは?
小見浦も言っていたが、その人がその人である証って何なのだろう。
他人が認める自分だけではなく、自分が認識する自分。
人生にいくつもある「たら、れば」
こうありたい自分と、こうである自分。
母であり、妻であり、子であり、女である里枝と城戸の妻は、それぞれにそれぞれの顔を見せる。
父であり、夫であり、子であり、男である城戸と自称大祐も、それぞれにそれぞれの顔を見せる。
そこにも、「父である」とか「弁護士である」とかのラベルが存在する。
戸籍を変えることで(帰化という手段で国籍を変えることで)、自称大祐や城戸が手に入れたかったものは何なのだろう。そして、手に入れられたのか。
自称大祐に関しては、手に入れられたのだと思いたい。
ラベル(名前)を付けることで、不特定多数の対象が、誰でもない特別なものになる(A manから The man)。そのラベルを付け替えたら…。
でも「ぼくのお父さん」というラベルの付け方もあるんだな。戸籍上・血縁関係がどうであろうと。
ステップ・ファミリーや事実婚の関係性。何を本物とし、偽物とするのか。心のつながり。制度のつながり。
「分人主義」
原作者の平野氏の講演を聞いたときはわかったような、「面白い発想」と思ったものだ。
だが、この映画を観てよくわからなくなった。
結局、自称大祐が手に入れたものは、それまでの人生で培った人間性によるものではなかったのか。彼の悩み・苦しみ・絶望が、人への優しさ・慈しみに昇華されたからこそ、手に入れられたもの。「ラベル」こそ変えて、リセットできたから、その優しさ・慈しみを素直に表現できたのではあるのだが。そして、それは悠人に受け継がれていく。
反対に、瓦解していく城戸。息子が名付けた金魚の名前で困惑。息子と同じものが見られない城戸。象徴的なシーン。
時間がたつにつれ、様々なことが頭に・心に浮かんでくる。
余韻がいつまでも響く。
★ ★ ★
しかし、原誠のトラウマは半端ない。
死刑囚の息子という境遇。
友達のうちに遊びに行ったら、まさかの場面に遭遇。その現場を見ただけでも、トラウマ必須なのに。その犯人が父だなんて。その父から手渡しされたもの。
なぜ、彼は顔を変えなかったのだろう。
余計な装飾を加えない俳優陣が素晴らしい
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