ある男のレビュー・感想・評価
全545件中、241~260件目を表示
人とは
亡くなった男の素性が偽りであった事から始まる、人とは何なのかを問うヒューマンミステリー。
重いテーマの話ではあるが、物語の起承転結がはっきりとしているので観やすくなっている。
この作品では、「誰もがスタートラインは平等である」そんな綺麗事が言ってられない現実を突きつけてくる。親や環境など、生まれ持ったものが子供に与える影響は大きい。だが、それに子供は関与する事は出来ない。必死にその境遇で生き抜こうともがく。その先に今回の原と谷口がいたのではないか。
この問題は弁護士の城戸にも波及してくる。在日3世の彼は表には出さないが、苦労をしてきたのではないか。刑務所での「貴方は在日っぽくないですね。それはつまり在日っぽいということです。」という言葉。
一見何が言いたいのか分からないが、隠すのが上手いということではないかと思う。それはつまり隠さなければいけない感情があると言うことだ。
妻とのケンカの際に発した「何か落ち着く気がする」。この言葉には、彼の中に意識していない所で自分でも気付いていない感情が潜んでいる事を表している。
我々の関係を考えると双方の信頼によって、ともすれば、とても脆いシステムの上で成り立っていると感じされられる。相手が語ったエピソードがその人の人物像を作るが、それが本当かを確認するのは容易ではない。
城戸も不意に妻の浮気を知ってしまう。それまでの過程と合わさりラストの戸籍を交換したのではないかと匂わせるシーンに繋がっていく。
役者陣の演技も素晴らしい。2人の出会いの場面では、ほっこりするシーンが展開されるが、窪田正孝の時折見せる影のある表情がとても上手い。
脇を固めるのもでんでん、きたろう、柄本明ら名バイプレイヤー達。「PLAN75」での演技が記憶に新しい、河合優実も好演。
そして、眞島秀和の演技が素晴らしい。温泉旅館の跡取りとして、陽の当たるものを観る、最後まで日陰にあるものを観れない者として、演じきっていた。彼の存在で観客の立ち位置をハッキリとさせる事出来ていた。
物語が一段落したラストに観客に最後の問いかけがある。私達は誰の物語を観て、聴いていたのだろうか。
人には表と裏の顔がある
何ともシュールで不気味な絵画を捉えたオープニングショットから引き込まれる。男が鏡を見つめているのだが、そこに映るのは彼の正面ではなく後姿なのだ。これは一体何を意味しているのか?映画を観進めていくうちに、それが徐々に分かってくる。つまり、人は誰でも秘密を抱えて生きている、二つの側面を持っている…ということを暗に示しているのだろう。
大祐を名乗った”ある男”もそうであるし、彼の身元を調査する弁護士・城戸もそうであった。そして、服役中の戸籍ブローカー小宮浦、城戸の妻も然り。見えているものばかりが真実とは限らない。実は見えてない面にこそ真実がある…ということを本作を観て教わったような気がする。
物語は里枝の視点で開幕する。大祐との出会い、再婚、娘の出産、大祐の死までが軽快に綴られ、やや駆け足気味な印象を持ったが、それもそのはずで物語はここから本格化する。城戸の視点に切り替わり、大祐を名乗った”ある男”の素性を、つまり裏の顔を探るミステリーになっていくのだ。
キーマンとなるキャラクターが複数人登場して、彼らから城戸は様々な情報を得ながら”ある男”の正体に近づいていく。構成自体はオーソドックスながらよく出来ていて、グイグイと引き込まれた。
そして、この物語は城戸自身のアイデンティティを巡るドラマにもなっている点に注目したい。
実は、城戸は在日三世であり、そのことに少なからずコンプレックスを持っている。義父の差別的な発言やヘイトスピーチのニュース映像を見て、城戸は度々それを実感するが、この消せない血筋とどう折り合いをつけていくか?という、ある種社会派的なテーマが、ここからは感じられた。
在日三世の出自を隠して生きる城戸。凄惨な過去を捨てて大祐として生きた”ある男”。二人は過去から逃れようとする者同士、ある意味で似ている。やがて、城戸は”ある男”にどこかシンパシーを覚えていくが、これはごく自然のことのように思えた。
このあたりの城戸の心情変化を、説得力のある展開の中で表現した所が本作の優れている点である。その葛藤にしっかりと焦点を当てたドラマ作りに観応えが感じられた。
ただし、厳しい目で見てしまうと、幾つか演出と展開に「?」となる部分があり、少し勿体なく感じた個所もある。
本作は同名ベストセラーの映画化で、自分は原作未読なのだが、このあたりがどう処理されていたのか気になる。
例えば、最も引っかりを覚えたのは、城戸と妻の夫婦関係に関する顛末である。一連の捜査が一段落した後で語られるのだが、わざわざこれを付け足す必要があったかどうかというと疑問が残る。印象的だった映画のオープニングに呼応する形に持って行きたかったのだろう。それはよく分かるのだが、個人的には城戸の心理に余り納得できなかった。
他に、大祐の事故死のシーンは演出が淡泊なせいもあろう。どうしても不自然でわざとらしく感じてしまった。遺影の前で里枝と大祐の兄が「じゃあ誰?」と同時に呟くのも不自然に感じた。
キャスト陣は芸達者な布陣で組まれていたので安心して観ることが出来た。
安藤サクラは相変わらず巧演であるし、妻夫木聡も今回は抑制を利かせた演技で好印象。そして窪田正孝が意外に肉体派であったことに驚かされた。一方で、コメディリリーフ担当としてタレントを起用しているが、こちらはどうしても普段のイメージがあるせいで作中から浮いて見えてしまったのが残念である。
消せない血の宿命
死後に別人であることが判明した男の過去を追いかける社会派ミステリーで、とても見応えがありました。安藤サクラと窪田正孝の出会いから家庭を持つまでを自然に流れるように描きながら、一転して緊迫感のある展開へ切り替える石川監督の語り口が絶妙です。血縁という、自分ではどうしようもできない宿命のために、身分を捨てる者、捨てられない者の対比がストーリーを盛り上げ、往年の名作『砂の器』を思い出しました。中盤から描き方の視点が頻繁に変化するので分かりにくかったり、温泉旅館の次男の動機が主人公と比べて弱い点もあるけど、登場人物への深い理解と丁寧な描写が際立ちます。役者では主役三人はいずれも好演。少ない出番ながら、柄本明の怪演ぶりにドン引きでした。
これはテーマ、演出、脚本、キャスト全て良い傑作かもしれない。ずっと...
生まれた瞬間始まる呪い
窪田正孝さん演じる大祐は有名旅館の息子でありながら田舎に引っ越し林業に就き、家庭を築くところから話は展開していくが、序盤で役所の職員が放った言葉がこの映画の核心だと思う。
私もごく普通の戸籍と家族を持ち育ってきたわけだが、この映画を鑑賞しながら、私の在日の友人が在日であることに悩んでいたことをふと思い出した。以前に、その友人は誰か有名人の人生をくれれば私は絶対にうまく生きられると言っていたのだが、それは自分の境遇を脱ぎ捨て生きたいという意味だったのかな、と思う。私にはその苦しみはなんとなくピンとこないが、この映画にあることは無いことはない話だと思った。
生きることを困難にする境遇は、生まれた瞬間から永遠にまとわりつく呪いなんだろう。
予告編の印象と違う…?
過去を変える、とは。
脇役がいい
背を向けて何処へ
原作は読んでいません。
◉静かな場所へ逃げる男たち
戸籍交換の仲介人(柄本明)に頼んで名前を差し替えることで、人生も変えようとする男たち。しかし、人生をやり直すと言うよりは、むしろ人生を消して、世界の片隅で生きていこうとする。犯罪者でもないのにだ。
原誠(窪田正孝)は残虐殺人犯の父を持った息子の悲哀に押し潰され、谷口大祐(仲野太賀)は旅館のうだつの上がらない次男坊の鬱屈を抱えて、それぞれに逃げ出して静かな場所を目指した。
そうした男を演じた窪田正孝は良かったと思います。ボクサー役が上手かったかどうかは別にして、トレーニング中も試合中も、闘いとは離れた静謐感を漂わせていた。つまり寂しい男を表象していた。
◉薄らいでいく曇天
それでも谷口大祐は恋人とのわだかまりを解き、原誠は最後は不慮の事故で命を落としたとは言え、わずかな歳月、幸せな家庭に恵まれた。
弁護士の調査が進捗して、二人の男の辿った道筋が明らかになっていく。谷口はおびき出されるかっこうで恋人と再会できて、心の灰色の空も晴れただろう。仲野太賀の優しく頼りない感じが良かった。
原の曇り空も、里枝(安藤サクラ)と子どもとの暮らしの中で、ほとんど消えてしまったはずだ。微妙ではあるけれど、ハッピーエンド。
親にしてもらいたかったことを、自分にしてくれたと呟いた息子が生意気ながら、いじらしい。
◉在日コリアン弁護士の憂鬱
すると、この作品の背景に曇天のように垂れ込めていた(と強く感じた)憂鬱は、誰のものだったのかと言う問いかけの答えは……。やはり、弁護士城戸(妻夫木聡)のものですね。
戸籍交換の仲介人に在日コリアンの生い立ちを見抜かれ(ここはかなり唐突過ぎて不自然だけど、強引に納得させる柄本明の圧はさすが)、妻の親との口にできない断層を感じ、妻との思いや考えのズレに悩む。遂には妻の不倫の兆しすら現れる。
社会的には陽の当たる場所に居て、弁護士としての実績も優れているのに、城戸は不安に苛まれる。俺の落ち着ける居場所は何処にもないじゃないか?
そこにありそうなのに手に入らないものに対する叫び声を、必死で呑み込もうと堪える妻夫木の端正な顔。
ただ、在日の外国籍の人たちの拠り所の無さや怨み辛みは、もっと執拗に描かれても良かった。そのため、この作品の基本色であったはずの灰色の重苦しさが、もう一つ胸を押してこなかった感じです。
もう一度、窪田正孝。画材を幾度も買いに訪れて、安藤サクラにぼそっと、友達になってくれますか?
今更、中学生か! と突っ込みながら、優しさが故に脆弱であることも、時には悪くないのかも知れないなどと、頷いておりました。
背負うもの
豪華なキャストの作品という事で期待値を上げての鑑賞 👀
窪田正孝さんの熱演、眞島秀和さん、妻夫木聡さん、安藤サクラさんの安定の演技、真木よう子さんの艶やかな美しさ…見応えが有りました。
文具店を営む実家に戻り、自身の母親と同居する結婚経験のある子供を持つ女性が、再婚相手の家族と一度も会わずに籍を入れた事に違和感を覚えました。
ラストは、バーの中だけのなりすまし、と理解したのですが、どうなのでしょう。
映画館での鑑賞
人が生きていく中での迷宮
冒頭、そしてエンディングに映される、シュールレアリスムの画家:ルネ・マグリットの絵「王様の美術館」が本作を見事に象徴しています。
人は日常の中で知らず知らずのうちに、一定の固定観念に縛られて物事を見聞きしてしまっていて、ほんの少し視点をずらすと、実は全く異なる世界が広がっている、その危ういほどの微妙なバランスの上を綱渡りのように歩んでいるのが人生である、ということを感じさせる作品です。
本作は、芥川賞作家・平野啓一郎のベストセラー小説の映画化ですが、原作にはマグリットの絵は引用されておらず、このカットを入れる、而もファーストシーンとラストシーンに挿入することで、本作に世の中の不条理感と不可思議で無気味な空気感を漂わせることに成功しています。特にラストは奇怪さがより増幅され、背筋が凍る思いで慄然とさせられ、観終えた後、あまり愉快な思いはしませんでした。
前半は、安藤サクラ扮する武本里枝の視点でホームドラマ風に緩く進み、窪田正孝扮する谷口の事故死から、物語は一気にサスペンス調に切り替わります。ただサスペンスドラマのような体裁を取りながら、冒頭に述べましたように、本作は謎を解くことが主たるテーマではありません。それは窪田正孝の目に終始生気がなく、まるで生きている人でない、一種の亡霊のような感覚がするのが、後々への伏線になっていることにつながります。
そして、物語の転機では常に雨が降っているのも象徴的です。またアクションも美しい自然描写も一切ない、人と人との会話により進行する本作のようなストーリー展開では、つい人物の顔の極端な寄せアップを交互に映し、やたらと無意味に緊張感を強調するようなカット割りにしがちなのが、本作では寄せアップは殆どなく、やや引いた落ち着いたカットでつながれます。観客は寛いで観賞できながら、それゆえにいつの間にかスパイラルに社会の不条理性・不可解性の泥濘に取り込まれていきます。
ただむやみに手持ちカメラを多用しますが、これはあまり意味がありません。画面を揺らして不安感と緊張感を高めようとしているのでしょうが、本作に限っては不要です。私は手持ちカメラのカットのたびに平常心に戻り、却って興醒めしていました。
独特の怪しい空気感が漂う、不思議な趣の本作ですが、率直に言って社会問題を余りにも多く揃え広げて見せ過ぎており、その結果焦点がぼけてしまっています。人種差別・夫婦間の不信・親による差別/虐待・仮面夫婦・戸籍交換・・・、深刻で重篤な問題ばかりで、小説なら読みこなせても、2時間の映像にまとめねばならない映画では明らかに盛り込み過ぎており、脚色に大いに難ありと思います。
さて、タイトルにある「ある男」とは一体誰のことか、脚本通りに捉えれば、その正体を追い求めた、自称・谷口大祐のことなのでしょうが、実は主人公である、妻夫木聡扮する城戸章良のことのようにも、或いは柄本明扮する謎の囚人・小見浦憲男にも思えます。
そう、きっと世の人々は遍く仮面を被った日常と他人には見せない裏の顔を持った、“ある男”なのではないでしょうか。
全545件中、241~260件目を表示