「アイデンティティの揺らぎ」ある男 せつこんさんの映画レビュー(感想・評価)
アイデンティティの揺らぎ
事故で亡くなった夫が名乗っていた姓名とは別人と判明し、人物調査を依頼された弁護士がはからずも自分のアイデンティティの揺らぎを感じ始める話。
戸籍を変えていた夫だけでなく、夫が別人だったと判明し突然苗字が無くなる妻と息子、自分が"在日"であるということにコンプレックスを感じており、確かなものと思っていた家族の愛も揺らいでいくことになる弁護士、それぞれにアイデンティティの揺らぎが生じる。
このアイデンティティの揺らぎ的なモチーフは人物描写だけでなくて、ちょっとした会話にも色々盛り込まれてるみたいで面白かった。例えば、パッと見は全部同じに見える木や魚に名前をつけるという行為は、外部から見た人が勝手につけたものだし、ましてやそれが二度目に聞いた時に同じもののことを言っているのかは会話をしている人達の信じる心次第。
だから、確かな愛に触れた妻と息子は名前が揺らぎながらも自分達のアイデンティティをしっかり取り戻す。一方で、確かな愛だと思っていたものが崩れた弁護士の章良は正反対の結末になる。(このアイデンティティが崩れる直前にビールを妻と交換してそれっきりなのもね!)
でも私的に章良は「アイデンティティを無くした男」というアイデンティティを確立したように見えたんだよなぁ。だって、実際に名前を何度も変えてた夫・大祐は自分の過去のことをあまり話さなかったと言っていたけど、章良はこんなに自信満々に"自分の過去"について話してるんだもん。
結局このラストも飲みの席でただホラ吹いてる男と見るか、アイデンティティを完全に失った哀れな男と見るか、新しいアイデンティティを持った男とするかは見る人全てが各々勝手に名前をつければ良いことなんだろうなぁ。
とにかく、最初「ある男」だと思っていたはずの男は「ある男」ではなくなり、別の男が「ある男」になっていた。これ以上完璧なラストはないと思う!!震えた!