「リアル日本の「過去の」「戸籍ブローカーもどき」と、そして「今の」それに共通するもの。」ある男 yukispicaさんの映画レビュー(感想・評価)
リアル日本の「過去の」「戸籍ブローカーもどき」と、そして「今の」それに共通するもの。
今年337本目(合計612本目/今月(2022年11月度)24本目)。
さて、「法律枠」という観点では今週本命で見に行ったし、法律以外にも憲法(人権)などいろいろな論点が絡んでいる作品です。
ただそのことは多くの方が書かれていることですし、多言を要さないでしょう。
映画内で触れられている、「巻き込まれざるを得なかった事情の人たち」は今現在でも存在し、そうした方がこの映画で触れられる悲惨な結果にならないよう、個々人の人権意識を高めていかなければ、という趣旨の作品だと思います。
さて、さっそく採点いきましょう。
やはり行政書士とはいえ資格持ちなので、特にこの映画はいろいろ気になる点が多いです。
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(減点0.3/「戸籍ブローカー」の売買人に関する描写がない)
・ 「戸籍ブローカー」、正式な用語でもなくそもそも「正式な用語」が存在しませんが、「戸籍売買」などでも検索すると今でも存在はするようです(もちろんアウトです)。
ただ、「ブローカー」だろうが「売買」であろうが、あの映画内で収監されている方は、公正証書原本不実記載罪(刑法)や、戸籍法(個別の行政法規の罰則規定)違反の扱いです。これはちらっとですが出ます。
さて「ブローカー」であろうが「売買」であろうが、「1人で」あれこれ勝手に好き勝手あの人この人入れ替えるというのはただの「愉快犯」です。つまり換言すると、こういう「仕事」(「仕事」というのか怪しいですが…。便宜上。以下同じ)が成立するためには、戸籍を「買う側」「売る側」の存在が欠かせません。そうでないと「まとめ役」としての「ブローカー」が成立しないからです。
しかしブローカー(実際に書類を出す側)はもちろん、売る側買う側も、それが違法であることを知っておきながらお願いするというのは、それもそれで法に触れます。もちろん、「何とかプレゼントに当選したので、氏名と住所、電話番号を書いて送ってください」みたいなはがきがきて、まさか悪用されたというような、「被害者側が善意無過失」(=事情を知らず、かつ、過失がない)ケースならともかく、普通は「売る側」「買う側」も当然認識しているため、売る側・買った側も当然逮捕はされえます(主犯と比べると軽くはなるとは思いますが…)。
映画内ではなぜかこの点の描写がないのが謎です。ただこの点を描くとストーリーの大半が崩壊してしまうという論点があるのも確かで(映画のストーリー参照)、仕方なしかなという気がします。
(参考/減点なし/リアル日本の「戸籍ブローカー(もどき)」が起こした現在の闇)
・ このことは実は重要なことで、この映画の「主題」にも一つかかわってきます。
戸籍や住民票は、「自分のもの」なら、身分証明書一つ出せば出してもらえます。最近はコンビニなどでの発行も可能になった自治体もありますね。家族といった「ちょっと広いが、それでも身内といえる範囲」なら、「この人に委任します」というようなものがあれば可能です。しかし、まったく無関係の人の戸籍や住民票を取り出すことは普通できません。
さて、時間軸をリアル日本に戻します。戦後の日本では、この映画のような「戸籍ブローカー」(または、戸籍売買屋、などと呼ばれていた)がいたのは事実です。ただそれは、いわゆる「外国人差別(特に在日韓国/朝鮮人の差別が醜悪だった)」や、「いわゆる同和地区・被差別地区差別」といった問題がリアルで起きており、これらから逃れるためにやむを得ず行われたケースが大半で、これも当然、上記の法には触れますが、事情からして相当「酌むべき事情」が多いので、単なる「お金欲しさ」という事案と比べると、言い渡される刑期などもある程度調整されています。
ところが、これとは別の意味での「戸籍ブローカー」が日本にも存在した歴史が存在します。
日本では、弁護士をはじめとした各種の法律職(行政書士も含む。ほか、司法書士や社労士など、限られた国家資格を持つ人)は、「その職務に必要な範囲で」住民票や戸籍などの情報を得ることができる制度はもともとありました(この制度を「職務上請求」といいます)。
そして、日本では特に「結婚・就職差別」や「同和地区差別」といった事案において、そのリストを作るために延々と職務上請求を繰り返したりといった「趣旨を逸脱する」ものが現れ、あまりに悪質なものは逮捕、そうでなくても廃業命令等厳しい対応が取られています。つまり、「弁護士を頂点とした、弁護士を補う形でそれぞれの専門性を生かして法律のお仕事をする」立場の人たち(もちろん、行政書士=たとえば、外国人の就労支援などをサポートするのが一類型。ほかにもあります)」が加担していたケースすら、昭和~平成1桁の時代には普通にあったのです。これが「ある意味」、もっと悪質な「戸籍ブローカー(もどき)」です。
※ ここでいう「戸籍ブローカー(もどき)」というのは、映画内での描写以外にも、広く「戸籍制度を悪用する」という広い意味です。
このようなことがあまりに多発したので、各業界(例えば、行政書士会等)も研修(人権啓発など)を充実させたほか、これに対応する形で法が改正され、「職務上請求が行われた場合に本人に「請求がされましたよ」という通知が飛ぶ」ようになりました(「本人通知制度」といいます。事前に登録しておく必要があるので注意)。
また、これら職務上請求はどうしても実務上必要なので今でも使われていますが、(例えば、行政書士の場合)その職務上請求の用紙は個人ごとに異なる番号が割り振られて印字され、番号(何枚目、ということ)も付されるようになり、あとから「何のために使ったのか」を調べられるようになり、不正防止がほどこされるようになりました(このように、「誰がいつ使った」は今では即座にわかるようになっていますし、そこでの調査で何ら業務に関係しない個人の情報をのぞき見しましたというのは、基本的にかなり重たい処分になります)。
実はこうした「本来、法を守るべき側の法律職・法律隣接職による、ある意味で戸籍ブローカー」(より正しく言えば、見る必要もなくセンシティブな内容をみだりに見る、という、業務と無関係な乱用)がリアル日本には「存在した」、ということ、それは、一合格者の目線でも忘れてはいけない、そう思います。
つまり、ここまでを換言すると、「リアル日本では、過去に戸籍・住民票を「正規に」手に入れられる職業の方(これらの方は、立場の差はあれ法を順守する、人権を尊重する、という立場に立ちます)が、この映画で描かれているような、今でも続く「差別問題」に手を出していた過去が存在する」ということです(映画内では一切描かれていませんが、このことは日本のこうした人権問題、戸籍をめぐる事件では忘れはいけないことがらです)。