「声を発したかった」声もなく 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
声を発したかった
卵の移動販売の傍ら、生活の為に犯罪組織の死体処理を請け負う口の利けない青年テインと相棒のチャンボク。ある日、ボスが身代金目的で誘拐した少女チョヒを預かる事に…。
裏社会、死体処理、誘拐…。
韓国作品らしいハードなサスペンスかと思いきや、
いい意味で予想を裏切られた。
シビアな設定、題材である。ラストもどう捉えていいか困るくらい、切ない。
そんな胸かきむしられる感情と共に、ユーモアやペーソスやハートフルといった感情も入り交じる。
見ていて不思議な心地にさせられた。
それを織り成すは、一人の青年と一人の少女…。
口が利けず、無愛想。唸り声でしか感情を表せないテイン。
唯一頼りにしているのは、チャンボク。赤ん坊だったテインを拾い、育て仕事の相棒にしてくれた恩人で親代わり。
でも、彼もまたいい加減。少女の面倒を押し付ける。さらに困った事に、ボスが何かやらかしたのか制裁を受ける立場になり…。
自分たちは死体処理の請け負いだけで、誘拐は専門外。そもそも誘拐にも関わっておらず、ただ少女を預かる事になっただけで、ボス亡き後、誘拐やこの少女をどうすればいい…?
何でこんな事に…とチャンボクは愚痴るが、テインは尚更。
嫌々抵抗しながらも、仕方なく少女を家に連れ帰る。
家と言っても、周りに何も無いド田舎の草むらの中にある、オンボロ家屋。
中もただ食事と寝泊まりするだけのような、布団乱雑の汚ならしさ。
突然布団がモゾモゾと動いたと思ったら、テインの幼い妹ムンジュ。腹を空かしている。
こんなド田舎のボロ家で、口の利けない兄と幼い妹の底辺も底辺、極貧暮らし。
ここに留まる事になったチョヒは…。
チョヒの処遇も不憫だ。
誘拐された事自体そうだが、それ以上に…
本当は誘拐犯は、長男である弟を拐う筈が、間違って姉のチョヒを誘拐。その為、父親は身代金を払うのに渋っている現状。
身内からは軽んじられ、誘拐した側からもたらい回し。
嘆き悲しんでいい所だが、なかなか気が強く、しっかり者のチョヒ。
家でも弟の面倒を見ていた姉だったのか、誘拐された身でありながらムンジュの面倒を見る。
家の中も綺麗に整理整頓。小さなテーブルを囲んで3人で食事を…。
孤独な青年と半ば見離された少女。
所謂“ストックホルム症候群”。被害者が加害者に、加害者が被害者にシンパシーを感じる。
だが、チョヒは隙あらば逃げ出す事を考えている。実際、行動を起こした事もしばしば。
そうでありつつ、この兄妹の事を見捨てられない気持ちもあったのではなかろうか。
テインも当初は嫌々だったチョヒを、次第に受け入れ始める。チョヒの処遇が決まり、人身売買の夫婦に引き渡すが、その直後思い直し、大胆にも奪い返す。
心が触れ合ったようでもあり、抵抗もある。
そんな微妙な関係性は、あのラストまで続く。
他の韓国サスペンスとは違うこの作風。
しかし、勿論インパクトは充分。
死体処理、誘拐、人身売買などの犯罪ビジネス。しかもそれらを行うのが、如何にもな悪人面ではなく、一見平凡そうな人たち。それがまた衝撃であり、戦慄。
テインの極貧暮らしは格差社会の象徴。
女の子だからという理由で身代金払いを渋られ、家父長制による男尊女卑を突く。
韓国現代社会の問題を巧みに溶け込ませている。
本作が長編作デビューとなった新鋭女性監督ホン・ウィジョンの手腕とオリジナル脚本は特筆もの。
見る側に解釈を委ねる結末は賛否別れそうだが、あの終わり方は嫌いじゃない。
体重を15㎏増やし、台詞の無い難役に挑んだユ・アインの熱演と体現は一見の価値あり。
人間臭い相棒チャンボク役のユ・ジェミョンは勿論の事、チョヒ役のムン・スンアはまた新たな天才子役が現れた逸材と存在感。
予測不可能な展開の行く末は…?
身代金受け渡しに加担させられる事になったチャンボク。しかし、まさかの事態が…。
人身売買の夫婦と一悶着。
誘拐実行犯がチョヒを追う。
ある事をきっかけに、女性巡査に嗅ぎ付けられる。って言うか、夜道のあの酔っぱらい親父、本当に警官だったのね…。
そんな中、テインとチョヒはチョヒが通っていた学校へ…。
この結末が何とも言えない。先述したが、どう捉えていいのか…。
先生がチョヒに気付く。
チョヒは先生に駆け寄ろうとするが、テインはチョヒの手を離さない。
チョヒはテインの手を振りほどき、先生の元へ。
先生はチョヒにテインの事を尋ねる。
この時チョヒは先生に何かを囁くが、何と言ったのだろう…?
私を誘拐した人…と言ったのだろうか…?
だとしたら、あまりにも残酷だ。そもそもテイン(とチャンボク)は誘拐の実行犯ではなく、面倒を押し付けられただけ。
家に連れ帰ったとは言え、チョヒに少なからず穏やかな場を与えた。それに、ここまで連れてきてくれた。
それとも、チョヒが何かモゴモゴ発せず、先生がその身なりからテインを“誘拐犯”と決め付けたのだろうか…?
一応チョヒは保護され、事件は解決。
…だが、この何とも言えぬ感情は何なのだろうか…?
テインはその場を逃げ出す。走って、走って。
叫び声を上げる。
あの一時でも、共に過ごした穏やかな日々は全て偽りだったのか…?
チョヒが次第に受け入れてくれたのは事実。
が、家族の元に帰りたかったのも事実。
だから一層、余計に…。
一度、家族(父親)から見離されたチョヒ。
再び家に帰って、居場所はあるのだろうか…?
いや寧ろ、気まずく居場所が無いのなら、そうならないようにしなければならない。
母親が迎えに来たチョヒの表情からそう読み取れた。
チョヒも時折思い出すだろうか。共に過ごした日々を…。
声もなく、翻弄させられ…
声もなく、共に過ごし…
声もなく、唐突の別れ…
声もなく、本心を伝えられず…
声を発したかった。