「イデオロギー < スープ」スープとイデオロギー シューテツさんの映画レビュー(感想・評価)
イデオロギー < スープ
超久々のドキュメンタリー映画の鑑賞です。昨年見逃してしまった作品でしたが、ナナゲイで「ヤン ヨンヒ特集」として再上映してくれたので早速見に行ってきました。
本作は私の好きな『かぞくのくに』('12)の監督作品だったので非常に興味があったのですが、本作も思っていた以上に考えさせられました。
あの家族の後日談的な構成になっていましたが、『かぞくのくに』では分からなかったことの多くが本作で説明されていて、あの宮崎美子が演じていたお母さんにはこんな人生があったのかと理解させられました。
そして、歴史に翻弄された一家族の人生は、恐らく一家族だけではなく多くの隣人の人生にも重ねられるのだろうということも教えられた気がしました。
私は基本的にはあまりドキュメンタリー映画は見ない傾向の人間で「なぜ積極的に見ないのだろう?」と深く考えたことは無かったのですが、本作を見て思ったのは、問題があまりにもダイレクトに伝わり過ぎて、個人的にその問題に対応し切れないというか、自分自身にそれを受け止められるだけの器がないからなんだろうとという思いに至りました。
正直言って自分の人生だけで精一杯の器しかない人間が、他人の人生まで覗き込んで何になるという、身も蓋もない究極の結論になりそうで怖くなります。卑怯なのかもしれませんが、それがフィクションならちょっとだけ他人事にもなれ外野からの感想位は発信出来そうな気にはなれますからね。
本作でも、物語の中心にあった済州4・3事件など、私は全く知らなかったし「歴史を学べ」なんい偉そうなことを言われても、一般的には海外の近代史の事件など学校教育では大半教えられませんから、海外の一般市民は知る由もないということです。
ただし、私は大阪生まれで、子供の頃には近くに在日の人達は一杯いたし、同じクラスの同級生にも必ず何人かいた時代に育ちました。それを考えると身近に住む人たちの中にもああいう歴史を背負わされた人達が何人もいたという事であり、同じような生活をしている中で、ただ「そんなこと私は知らない(関係ない)」で済ませたくはないような感情も湧いてきます。
とくに本作のオンマは私の母親とほぼ同年齢で、私の小さい頃に住んでいた近所のオバちゃんという雰囲気の人だったので、なんか胸に迫るものがありました。
日本生まれの韓国人で、戦争の疎開先の済州島での事件で決死の中日本に戻り、そこで祖国韓国を恨み、息子たち3人を「帰国事業」で北朝鮮に送るという、彼女のアイデンティティー崩壊を強いる人生は壮絶過ぎて想像も出来ないのですが、もしかしたら隣のおばちゃんがそうだったらと考えると、他人事にもしたくはなくなりますよね。
その辺り、本作のタイトルの『スープとイデオロギー』が効いてきます。
スープ(料理)は、彼女のアイデンティティそのものの様な気がします。一市民にとってのイデオロギーって何だろう?とは思うのですが、日本・韓国・北朝鮮という国家それぞれに対しての思いはあれど、所詮国家は国家であり、市民とは別個のものであり、監督ヤンヨンヒの夫である荒井カオルという存在そのものが、オンマにとってのイデオロギーという言葉の重みだったのかも知れません。
国家のイデオロギーなんてものより、そばで寄り添う人間の心遣いの方が、個人にとってはずっと重いという事なんだと思います。