「真実は1つではない」最後の決闘裁判 といぼ:レビューが長い人さんの映画レビュー(感想・評価)
真実は1つではない
Disney+にて鑑賞。
私が個人的に好きな黒澤明監督作品『羅生門』に似ている作品として話題になっていたので、かなり期待しての鑑賞です。
結論ですが、非常に楽しめました。
構成は確かに似ていましたが、『羅生門』とは異なる部分も多い作品のように感じました。本作では決闘の当事者である三人の証言によって事件の概要を描き出す内容ですが、実のところ事件の概要については三人の証言がほぼほぼ同じで、細かな描写だけ異なっていました。「映像使いまわしてるのか?」ってくらい似たような描写がありつつも、細かい部分ながら明らかに違う描写も多くて、そこを比較しながら鑑賞するとかなり楽しめると思います。
三部構成のラストの章が始まる前のテロップで「これが真実ですよ」と描写されていましたが、あれも真実かどうかは正直確信がないですね。
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1386年、百年戦争の真っ最中に起こったフランス史上最後の「決闘裁判」を描いた映画。騎士カルージュ(マット・デイモン)の妻マルグリッド(ジョディ・カマー)は、夫や義母が不在の折、自宅に訪ねてきたカルージュの友人であるル・グリ(アダム・ドライバー)から力づくで性的暴行を受けてしまう。マルグリッドは帰宅したカルージュにそのことを打ち明ける。裁判を起こしたものの、ル・グリは暴行を真っ向から否定。暴行の証拠が無い上に女性の立場が弱い時代であったが故、虚偽の申告によりル・グリの名誉を貶めたとして逆に非難を受けることになってしまう。窮地に立たされたカルージュ夫妻は、当時すでに禁止されていた「決闘裁判」によって決着を付けようとル・グリに提案するのだった。
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カルージュ→ル・グリ→マルグリッドの順にそれぞれの視点から事件のあらましと裁判までの流れを描き、最後に決闘シーンによって裁判の決着をつけるというストーリー構成。
本作では「他の章では描かれていないシーン」とか「同じシーンで表情や身振り手振りなどの細かな違い」に注目して鑑賞すると面白いと思います。
「他の章では描かれていないシーン」として分かりやすいのは、ル・グリとマルグリッドの会話などの描写ですね。ル・グリの章では二人はお互い高い教養を持っていたため知的な話題で盛り上がり、次第にル・グリは美しくて知的な彼女に惹かれていきます。しかしながらマルグリッドの章では「二人で会話して盛り上がった」という描写は一切なく、挨拶程度の会話しか交わしていないように描写されています。このことからも、ル・グリの恋愛感情は一方的な感情だったと言うことが見て取れます。
「同じシーンで表情や身振り手振りなどの細かな違い」で分かりやすいのは、ル・グリがマルグリッドの家に入り込み、彼女を追いまわすシーンですね。
ル・グリ視点では、マルグリッドは階段を上がる前に靴を脱いでいますが、マルグリッド視点ではル・グリに追いかけられて靴が脱げているという違いがあります。
そして寝室に追い詰められたマルグリッドが助けを呼ぶために叫ぶシーン。ル・グリ視点ではマルグリッドが叫ぶのは一回だけで、ル・グリも「誰もいないよ」と言わんばかりに耳に澄ませるようなジェスチャーをしますが、マルグリッド視点ではマルグリッドは二度も大声で叫び、ル・グリは「シー!静かに!」というように口に人差し指を当てるジェスチャーをしています。
この描写から、ル・グリの傲慢さが見て取れますね。それぞれの章は「各登場人物の視点の真実」ですので、ル・グリは(自分の頭の中では)余裕綽々でマルグリッドへの蛮行に及んだんでしょうね。
決闘裁判前の、ル・グリを訴える法廷シーンでの描写も、観ていて胸がむかむかする気分ですね。あれは酷かった。でも、現在でも性被害者が裁判や聴取で好奇の目に晒される「セカンドレイプ」がしばしば問題に上がっていますし、劇中の裁判官が言っていた「レイプでは妊娠しないから本当は望んでたんだろ」という発言も、2012年8月に当時アメリカ下院議員で中絶反対派だったトッド・エイキン(Todd・Akin)氏が「本当のレイプなら女性の体の防衛本能が働いて妊娠しない」と発言して物議を醸したこともありますので、劇中の描写を「700年前の古い医学知識に基づいた思想だ」と笑ってられないんですよね。そういう意味でも、700年近く前を描いた作品ながら現代にも通じる部分がある作品でしたね。「人間全然進歩しないな」と、歴史を概観できる作品でした。
本当にクオリティの高い作品でした!!オススメです!!