「春男は天晴れ」私はいったい、何と闘っているのか 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
春男は天晴れ
常に主人公の主観でストーリーが進んでいく。ほぼ一人芝居のような映画であり、主役には高い演技力が要求される。その点安田顕の演技力は心配ない。自省的すぎて心配だらけの伊澤春男を、観客は安心して観ていられる訳だ。
家族以外の登場人物はたいてい類型だが、ファーストサマーウイカが演じた高井さんだけは特異な世界観の持ち主で、我が道を行く雰囲気にとても好感が持てた。最初見たときはサマーウイカだと解らなくて、女性は化粧で千変万化するものだと改めて了解した。
家族で一番目だったのが子役だが百キロくらいありそうな亮太くんである。この子のキャラ設定がケッサクで笑える。小池栄子はいつもどおり上手に脇役を務める。お姉ちゃんの小梅を演じた岡田結実の演技力がかなり向上していて、少し驚いた。ワンパターンの岡田父とは逆に演技の幅が広い。本作品でも春男から譲り受けたのだろうと思わせる優しさを見せていた。特にタクシーから降りて振り返るときの表情がとても素晴らしい。お見逃しなく。
自意識は時として行動を変化させる。他人からどのように見られるかを意識するあまり、したくもないことをしたり、逆に踏ん切りをつかせたりする。春男の場合は自意識が過剰だから、ほとんどの行動が他人の目を気にしたものとなる。するとオリジナリティがなくなって平凡な人間になってしまう。あるいは抱え込まなくてもよかった負担を抱え込む。
それでいいのだと、それが俺の生き方なんだと自分を納得させる春男は、ある意味で悲しい。人生の悲哀がある。しかし春男は、別の生き方があったのではないかとなどとは露ほども考えない。そして自分は幸せだと思うところはとても立派である。どんな選択であれ、後悔せずに自分がした選択を受け入れる。女であれ子供であれ、一旦引き受けたものは一生引き受け続けるのだ。春男は天晴れである。
春男が天晴れなら、世の中の人はたいてい天晴れだ。春男は自殺せず、くじけず、時々大食いをする。お腹が出ても、陰毛に白髪が増えても、そういうものだと納得するのだ。春男の力強さがそこにある。何でも否定せずに肯定すれば、難局を乗り切れることもある。
情けないような、優柔不断なような春男だが、だんだん頼もしく思えてくるから不思議だ。性格俳優としての安田顕の面目躍如である。平凡でもいい、夢がありきたりでも、目標が身近すぎてもいい。平凡な人間の平凡な生き方を全力で肯定するのだ。本作品自体もまた、天晴れである。