「たまにくる本物の「映像作品」。 ※核心に触れるネタバレはなし」ラストナイト・イン・ソーホー alalaさんの映画レビュー(感想・評価)
たまにくる本物の「映像作品」。 ※核心に触れるネタバレはなし
何かスゲーもん見たと思わせてくれるタイプの映画。
本作は音楽にこだわりまくることで有名な「ベイビー・ドライバー」と同じ監督が作ったものらしいんですが、だいぶ前にCM見て気になっていたものの、「ベイビー・ドライバー」の監督かあ…と正直ちょっと不安に思ってました。結構前に見て、何となく自分とは相性が悪かったというか。あんましテンポが良いとも思えず(あんだけビートガンガン鳴らしてたのに)、音楽がテーマの映画の割には…とか思ってしまって…
でも本作は、流行りもんかなと思ってスルーしようとしてたけど、本当に見て良かった。一緒に見た家族からの評判も凄く良かったです。
ただ、露骨な性犯罪描写があるのでR15+には納得ですし、結構強烈なのでトラウマ等ある人はお気をつけて。流血もあり。
あらすじ:
イギリスの田舎で服飾の仕事をすることを夢見るエロイーズは、専門学校から合格通知を受け取り憧れの都会ロンドンへ。昔、母親も夢を追ってロンドンへ出ていき、心を病んで自害してしまったために、祖母からは何かと心配され、友達もおらず、ルームメイトに虐められて寮を出たことを話せずにいた。何とか新しい部屋を借りたものの、眠ると必ず憧れの60年代ロンドンで、華やかな才能ある女性サンディになっている夢を見る。最初はファッションの勉強にもなり、才能豊かで自信家のサンディになれることを楽しんでいたものの、徐々に支援者によって辱められ、貶められて疲弊していくサンディの苦しみと絶望を共有しはじめたエロイーズは、現実の世界でも「君の母親を知っている」と言う老人に周囲を嗅ぎ回られていることに気付き、母と同じように心を病んでいく。
予告見た時、単に殺人事件に巻き込まれた女性を夢で何度も見て、主人公が探偵気取りで夢の中で証拠探しをして犯人を見つけ出す!みたいなSF?オカルト?ミステリー系(「サイコメトラーEIJI」みたいなやつ)だと勝手に思ってたんですが、全然違った。こんな悲痛な話とは…
前日に「モービウス」を見たばかりで、敵役で出てた俳優がたまたま本作でも出てたんで、一緒に見た家族が「この顔に嫌な印象が…」と。可哀想だけどわかるわ…
まあ元々性格良さそうな顔じゃないけど(失礼な)、本作でもクズ役。監督がインタビューで「彼の大ファンなんだ!この役は彼にぴったりだと思って!」と言ってて笑ってしまった。嬉しくないだろww
1960年代のロンドンを舞台にした作品ですが、イギリス人は60年代が大好きなんだとか。日本でいうバブル期みたいなもん?全然違う?芸術の黄金時代的なやつかな?わかりませんが、やっぱり「輝かしい時代」にも闇はあるもので…表層を強く輝かせるために犠牲になった人達がいたんですよね。
日本のバブル期も、表層しか見なければ「良い時代だった」と言えるけど、金儲けのためには何をしてもいいという時代でもあったので、恐喝して一家を追い出し、人の家を無理矢理取り潰してでも良い土地を手に入れたりしていたわけで。きらびやかな世界を作るために、土地を追われたり自殺に追いやられた人達もいたんですよね。
ドイツのユダヤ人虐殺なんかも、その時代に生きた人は「良い時代だった」と言う人も結構いるのだとか。ユダヤ人虐殺は酷いことだったけど、でも良い時代だった、「自分達は」幸せだったと。
監督も60年代に思いっきり憧れていたのだそう。でも、本作の撮影にあたり60年代に実際に生きていた人達にインタビューをして回ったら、「60年代に行きたい」という気持ちは無くなったとか。
元々『良いところしか見ずに行きたいと思ってるだけなら、行かない方が良い』と思っていたそうですが、実際60年代(特に芸能界)を生きた人達にとっては「憧れのあの時代」ではなかったんですね。
監督の言葉通り、お前らの「憧れ」の正体はこれだよ、と言わんばかりに、絶望感に徐々に押し潰されていくサンディとエロイーズ。
どんなに華やかできらびやかな時代に見えても、必ず苦しみはあるわけで、その時代を生きた人達にとっては綺麗事じゃないし、どの時代でもそれは同じことなんでしょう。
本作はその「苦しみ」の方に焦点を当て、人がモノのように利用され捨てられるのが当たり前の、華やかなようで底が見えないほど暗い世界をネオンバチバチの映像で描いています。
いや、書いててよくこのストーリーをこのラストに落とせたなと。もちろん社会は徐々に良くなっているという希望を持たせるために、この作品だからこそハッピーエンドであることは必須だったとは思いますが、それにしてもこれだけ色んな要素を盛り込んで全部回収して、ストーリーも面白くて希望も持たせるエンドで…って稀に見る名作なんでは。ゾンビみたいな表現がちょっとアレだったけど。
そういや見終わってから、男性監督からこんなストーリーが飛び出すとは、と驚きました。共同脚本は女性ですがあくまで「共同」で、監督自身が「こういう作品が作りたかった」と話しています。
今でさえ世界中で「モノとして扱われる女性」が話題になるわけですから、そりゃ昔なんてこうだろうねという悲惨な世界。女性がモノとして扱われるのが当たり前すぎて話題にもならない時代、自分の才能を認めてくれた相手の裏切りに遭い、夢を奪われ、他人のモノ・所有物・道具に成り下がった自分自身にも失望した状態では、誰かが手を差し伸べてくれてもあの世界から抜け出すことは難しかっただろう。サンディの激しい怒りや憎しみは、自分自身にも向けられていたんだろうなあと思うとやるせない。
インタビューでは、ジャック役のマット・スミスが「ジャックはどこに連れて行っても恥ずかしくない振る舞いができるが、自分自身のことがわからず自分に自信がない。サンディは自分の手に余ると思った」と話しています。要は、サンディには大物になれる才能と魅力があったが、自分より遥かに可能性を秘めていたことに気付いてしまったジャックは、サンディの足を引っ張りわざと自分のそばで格下に留めて見下すことで、自信のない自分を認めずに済んだ…ってことなのかな。無能あるあるですね。
こういう表現って多分、女性目線で見てないとなかなかわからないことなのでは。監督自身は外からロンドンに来た人間で、エロイーズ(田舎からロンドンに出てきて心細いし馴染めない)の気持ちは凄くわかると話していましたが、サンディは?
サンディのキャラクター性や服装で心の内を表現した等語っていたので、監督自身もサンディのキャラクター表現にかなり力を入れていたと思います。インタビューを活かしたのか、元々視野が広くよく見ている人なのか。ともかくアニャ・テイラー・ジョイの演技力と併せて本当に素晴らしかった。
ちなみに、監督は数年前にまだ本作の脚本も何も無い状態なのに、アニャと会った時「こんな作品今度撮りたいんだ~こんな話でこんな設定で~」とかなり詳細まで話してしまったのだとか。秘密守れないタイプのやつ~!
アニャが関心を持ってくれたので、元々エロイーズ役に抜擢しようと思っていたが、脚本が進むにつれサンディの役が重要なものになっていき、アニャはサンディ役にすることにした、とのこと。アニャはエロイーズ役もできたかもしれないけど、そしたらサンディ役はそんじゃそこらの俳優では眼力で負けてしまいそうだし、サンディ役で良かったと個人的には思います。
しかし、幽霊が見えて云々、過去が見えて云々という作品は結構あると思うんですが、実は「頭がイカれたのか本当にタイムスリップしたのか」とか「精神病か本当に幽霊か」とか、「わからないから怖い」系の話が多く、本作みたいなミステリーものっぽいストーリーで、最初から主人公にハッキリ霊感がある設定って意外と少ないのでは。自分の見た作品の中では『シックス・センス』以来だったので、かなり珍しいなと感じました。
もちろん完全なお化け系のホラーだったら、主人公に霊感ある設定は珍しくないですが、本作は「シックス・センス」と同じでお化けが何か訴えてくるタイプ。お化けが怖いとかそういうのではないので、これをホラーに分類するかどうか?という気もします。まあ、『シックス・センス』も昔はホラーに分類されてたし、それならこっちも…と言われればそうなんですが。
自分の中では『シックス・センス』も本作も、お化けは脇役で本筋はサスペンス?ミステリー?だよなあと思っているので、ホラーと聞いて見るのをやめた人がいるなら勿体ないなと思います。
でも本作は特に、幽霊というよりゾンビっぽい見た目なので、確かにホラーっちゃホラーなんですよね。カテゴライズするとしたら。ホラーにしてはめちゃくちゃライトですけど。自分ならサスペンス・スリラーに分類するけどなーと思ってしまいました。
低評価するとしたら、ゾンビっぽいやつらのクォリティーの低さかな…ここで「えぇ…」となった人は多そう。
監督のこだわりとして、ネオンの冷たい光ビカビカの中で起こる悪夢みたいなものを作りたかったそうですが、これは大正解だったな。見た目は非常に華やかで豪華。それが徐々に下品で安っぽくなっていくのが、サンディの人生と連動していて悲しい。
「枕営業」なんて言葉で未だに揶揄されがちな芸能界ですが、本作を見た後は、ヘラヘラ笑いながら「あいつ絶対枕営業やってる」とか言えなくなるかも。
「ベイビー・ドライバー」で感じたテンポの悪さや、音楽だけが主張してくるアクの強さは無くなり、映像とストーリーと完全にマッチしていました。
記憶が薄れた頃にぜひまた見たい映画。