「ガリレオでなくてもいい話」沈黙のパレード アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)
ガリレオでなくてもいい話
原作は未読である。2008 年の「容疑者Xの献身」、2013 年の「真夏の方程式」に続く映画化第3作である。テレビシリーズの放映が始まったのが 2007 年で、既に 15 年が経過している。
映画化された3作のうちで、内容が数学や物理学に深く関わりを持っていたのは1作目だけで、2作目と今作は、特に物理学の知識がなければ真相に辿り着けないという訳ではないのが物足りなかった。特に今作は、ガリレオへの出動要請がどの辺にあるのかが非常に疑問だった。
物語の興味は、蓮沼という最悪のキーパーソンを軸に、登場人物がそれぞれ如何に関わっていたかがかなり丁寧に描かれており、犯行の全体像と真犯人は何通りも成立する可能性がある。どこまで深く踏み込むかでその姿が変わるという構成は興味深かった。
ただ、警察の捜査と裁判所で完全黙秘を貫けば無罪になるかのような誤解を生む恐れがあるのはどうなのかと思った。完黙ではないが、狂人を装ったオウムの松本智津夫や、和歌山カレー事件の林真須美は死刑判決が確定しているのである。
今作において、ガリレオは殺害手段のアイデアを示すことにも貢献しているが、ほとんどの考察は関係者の人間関係と過去の事件との関連であり、ほぼ警察の領域である。黒板や地面に数式を書き殴るというお馴染みのシーンにお目に掛かれなかったのが、それを物語っていると思われる。
湯川、草薙、内海トリオは第1作以来で、オリジナルメンバーの再集結は嬉しいところであったが、流石に 15 年の時間経過は全ての人物に加齢をもたらしており、テレビシリーズ開始の頃 39 歳だった福山も既に 54 歳になっており、まだ何とかこれまでのイメージを保っているが、この先のことを考えるとかなり不安を覚えた。
被害者のかけがえのなさは、冒頭部分で非常に実感させられるものがあり、見事な演出にすっかり引き込まれた。この演出に大きな効果をもたらしていたのが「ジュピター」で、実際歌っているのは別の人らしいが、非常に見事な歌唱であった。それに比べるとエンディングで流れた歌謡曲はかなり弱かったと言わざるを得ない。
(映像5+脚本4+役者4+音楽4+演出4)×4= 84 点。