流浪の月のレビュー・感想・評価
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本屋大賞を受賞した作品なのでどう描かれているか期待して観てきました。
濃密な150分、流浪の感情に心が騒ぐ
それは、今まで感じたことのない150分。凄く濃密であり、 不正解な部分ですら受け入れてしまいたくなる。まさしく「流浪」であり、その彷徨いに心が揺れ動く。
『怒り』や『フラガール』など、映画好きを問わずとも知られている作品を多く手掛ける李相日監督。しかしながら、私は今作で初鑑賞。妥協のない作品作りと圧倒的な描写力が持ち味だとは思っていた。実際、監督のアフタートークからも感じたのだが、凄く丁寧で誠実な作品作りをしていることが感じられる。求めていくもの一つ一つに妥協点がなく、それがフレームに収められている。だからこそ、観ているこちら側も逃れられず、濃密な時間を過ごすことになる。
誘拐された女児と誘拐犯。2人にしか分からない時間と、2人の気持ちなど到底分からない外の世界。その不可侵な領域に何とか適応としたり、藻掻いていく姿はとても苦しく、非常に繊細さが際立っている。痛みを覚えるような描写も多いが、小説をヒラヒラとめくるような暖かさも内在している。だからこそ見届けたくなってしまう。そして、言葉を失うほどに素晴らしい作品を観たように感じたのだ。
主演の広瀬すずさん、松坂桃李さんが本当に素晴らしい。監督も広瀬すずさんの活躍を「段々と上がるハードルを乗り越えていく姿を見てきて、また仕事がしたいと思った」と言っていた。それでもまだまだ伸びしろを感じさせると評していた。もはや彼女に「体当たり」など安々とした形容は要らないのである。
また、松坂桃李さんってなんであんなに明度を落とせるのか。俳優としての色気はそこになく、感情がゆらゆらと常に揺れている。最後まで圧倒されていた。
撮影監督のホンギョンピョ氏が魅せる、曖昧さに加担する心理が絶妙。なんとも言えぬ凄みに飲まれた。
誰も、なんも、知らないくせに
原作では、タランティーノ脚本、トニー・スコット監督の『トゥルーロマンス』が重要なモチーフになっています。
原作を読んでおくか、映画から入るかは人それぞれですが、『トゥルーロマンス』はできれば見ておいたほうがいいかもしれません。
と、下書きしておいたのですが、本日やっと待ちに待った公開日。
以下は、映画鑑賞後に追記いたしました。
(一部、ネタバレ含みます)
ただ、『真実は違うのだ』と心で訴え、ステレオタイプの常識からの攻撃に対して静かに抗ってるだけなのに、いつでも理不尽に叩かれる。同情的な店長のように「俺は味方だし分かってるよ」的な人たちの善意すら、被害者と犯罪者と捉えてる時点で、2人にとっては理不尽な暴力装置として働く。
…誰も、なんも、知らないくせに。
原作の中で、ネット動画を見て文と更紗の事件のことを無責任に批判している若者たちを見て、13歳になった梨花がつぶやきます。2人のことを〝なんも知らなくない、かなり理解している〟友達として文と更紗とはずっと付き合いが続いていくのです。
原作の場合、事実を俯瞰的に見ている読者は、色々な場面で〝そこはきちんと訴えれば良かったのに〟というもどかしさで歯痒くなるのですが、映画ではその相手としての役割は亮くんが背負うことになります。世間という敵に比べると個人寄りになってしまう分、少し軽くなります(もちろん、暴力行為の罪自体は少しも軽くありません)。その分、嫌がらせのチラシやスプレーでの罵詈雑言が〝世間の面白半分の悪意〟を強調します。
(原作の中の一場面…更紗の場合)
文の部屋で、『トゥルー・ロマンス』を見ているとき、更紗はこう思うのです。
アラバマ、大丈夫だよ。クラレンスは死なないよ。
最後はふたり一緒に幸せになるよ。
だけどわたしはいつまでも絶対絶命のままだ。
この先、生き延びられる術があるとしたら、文の隣りだけだ。
映画の中で、更紗は亮くんに向かって言いました。
私はあなたが思うような可哀想な人ではないよ。
そう言える強さの源泉が、『トゥルー・ロマンス』へのコメントから伝わってきます。
(原作の中の一場面…文の場合)
『この木、ハズレね』
文が幼い頃、文の母親は、庭に植えたトネリコが順調に育たないのを見てそう言って、直ぐに業者を呼んで植え替えさせます。
性腺機能低下症(原作では具体的に書かれていないので、この病名は推察です)のことを誰にも打ち明けられない文はこう思う。僕もハズレなのだ。
映画は、終盤までかなり観念的な表現に徹しているので、説明的な台詞や場面も少ないうえに、時系列が前後したり、イメージと現実が混在しています。
原作を未読の人にとっては、分かりづらいと思います。しかし、ラスト。文が裸になり告白する場面で一気に溜まっていたマグマが噴出します(舞台挨拶で広瀬すずさんがマグマのことに触れていました)。
観念と現実的な痛みが、劇的に繋がり押し寄せてきます。
性的な繋がりのない文と更紗の関係性こそが、李監督にとっての『トゥルー・ロマンス』だったのですね。
なるほど…。
※映画の中では、『トゥルー・ロマンス』はまったく出てきませんが(筒井康隆原作のパプリカのアニメは出てきた)、主人公ふたりは、危なっかしくて見ていられないほど無鉄砲で純粋なのです。タイプはまったく違うけれど、理不尽な暴力に負けない根性がとても崇高で魅力的❗️
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