「衝撃の!というよりは、あまりにも「気の毒な」ラスト…そしてポップコーン容器でアイス食べたくなる映画。」流浪の月 野球十兵衛さんの映画レビュー(感想・評価)
衝撃の!というよりは、あまりにも「気の毒な」ラスト…そしてポップコーン容器でアイス食べたくなる映画。
まず、更紗の少女時代を演じた白鳥玉季ちゃんの、天真爛漫かつ純粋無垢なキャラクターが特筆に値するものがありました。
また文字通り体当たりの演技を披露してくれた広瀬すずさんも、もちろん素晴らしかったです。
そして十代終わりから三十代への幅広い役どころを違和感なく演じきった松坂桃李さんの好演も見事でした。
かなりイラつく、ウザい役作りの横浜流星さんも。
私にしては珍しく、役者さんへの賞賛から始まる、真面目な滑り出しレビュー?いやいやいや、油断しちゃダメですよ…
この映画切ないですね。
私には更紗の気持ちも文の気持ちも痛いほどよくわかりました。
ロリコンとかそういう不埒な気持ちじゃないよ!
“自分を救ってくれるかもしれない”寂しく、いたいけな少女へ対する純粋な優しさ。
“自分を救ってくれるかもしれない”ちょいと年上のお兄さんに惹かれる純粋で淡い想い。
決して結ばれることも報われることもない、お互いの純粋な心。
痛いなぁ…つらいなぁ…純粋であればあるほど、結末はド腐れきった世間で、残酷にズタボロに引き裂かれる運命にあるんだよなぁ。
トロッコに乗って逃げて行ける夢の国があればいいのに。
それもきっと地獄なんだわー!(筋少ネタぶっこみました)
私が純粋だからわかるんだって?冗談じゃありません!私はもう穢れきってくたびれきった、ただのオッサンです!でも!わかるんです!わかるんです!←大切なことだから二回言いまs…
幼少の頃から亡き母に「あンたは、繊細過ぎる。女の子に生まれてきた方がよかったのに」とかは言われ続けてはきましたけれど(笑)
女装した時も、そこそこ純真でちょっと天然ボケしたOLという設定ですけれど (๑>• ๑)テヘペロ
レビューでしたよね…今回も使う恒例の『閑話休題』
正直、少女時代の更紗と青年時代の文の出会いと別れのパートが印象的すぎました。
なので更紗が大人になってからのパートにはあまり感情移入できなかったです。
タイトルにもある月が物語に何度も描かれていて、何かを暗示していたと思うのですが、アホの私には、ちょいとよくわかりませんでした。
流れゆく雲の合間の、紺い月明かりの美しさには魅せらましたけれど。
衝撃の…というよりは、その紺い月明かりの下で晒されるのは、あまりにも「気の毒な」ラストでした。絵面は衝撃的すぎましたけれどね!
((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
結局、文は超米且〇ソだったのですね。女性と交わるには、あまりにも自信がなさすぎる体だったのですね。
(ここ、わかっちゃう人にはわかっちゃうから、ネタバレ設定でレビュー公開しました)
考えてみると性別問わず、大人を前にした時の文の自信なさげな“おどおど感”はぱねぇ感じでしたもんね。
思えばそこへの伏線は、いくつも張られていたのですが、あまりにも予想外・想定外すぎて、全く考えが至りませんでした。
文が語っていた「墓場まで持っていきたい秘密」とは、決してロリコンっていうニセ性癖なんかじゃあないとは思っていたのですが。
まさかなぁ…
調てみると、先天的にそのような病気?があるそうです。
「できそこないだから根っこから引き抜いた」お母さん、先天的な要因は、あなたに責任があるかもですよ!
調てみたサイトで、こう記されていました。
[母親のお腹の中にいる時には、母親が食べる物によって影響を受けるということもあるようです]
何食べてたん?アイス?ケチャップぶちまけすぎのオムレツ?
しっかしあのアイス美味しそうだったなぁ。
上映中の期間限定で、あの容器と同じプリント柄のポップコーンの容器でアイス売ればいいのに。
底のほうに、そこそこ残ったアイスを劇場売店で売ればいいのに。もちろんスプーンはふたつで。(大盛じゃないところがミソ)
名前は、そのまんま『流浪の月』(量が少ないので税込み価格330円)なんてロマンチックなネーミング♡←自画自賛ときたか…
( ´•д•`; )
カップルで食すにはピッタリじゃん!
あっ…私…いつもぼっちだゎ… o(*>Д<)ゝ <チクセウ!!
シネコンは、100〜300の複数のスクリーンでその時々の人気をみながら、かける作品を一週ごとに変えていける点が、画期的ですよね。さすがに全スクリーンの半分以上が人気映画とかになってしまう瞬間は、興醒めなところもありますが。
「ルパン三世カリオストロの城」にコメント、ありがとうございました。
> 1063人とは大きい。せいぜい300ですよ。
当時(1980年代)はまさに「大スクリーン時代」だったからですよね。その後、映画の、不人気時代を経て、現在も続いているシネコン時代の中で、大スクリーン劇場は次々と閉鎖されました。